大島監督は87年4月放送の第1回から、98年12月31日放送分まで、都合88回出演している。
「朝生」での監督というと「バカヤロー!」発言が伝説のように伝えられているが、「そういう発言はほとんどなかったです。視聴者が眠くなるころに怒りだすように合図を出しているなどと言われましたが、恐れ多く、ありえないことでした。まず人の話を聞いたうえでやんわりと『僕はそうは思わないんだナ』と話し始めていましたが、話しだすと徐々にエスカレートしてくることは度々ありました」(吉成さん)。
番組初期の忘年会で、監督から「朝生のカメラワークはいいね」とのほめ言葉をもらい、当時のプロデューサーが技術陣に伝えたところ、深夜のシフトにもかかわらずスタッフの動きが見違えるように変わったという。
「現場を大切にする、さすが映画監督だと思いました」
「朝生」では、出演者が一堂に会して打ち合わせをする。吉成さんは、そんな場での常に眼光鋭く、物静かだった監督が印象に残っているという。
「学生時代から監督の映画を見てきましたし、テレビなどでの発言も見てそれなりに理解していたつもりでしたが、何ものにも左右されず、冷静な視点から時代を見据え、さまざまな問題に対して言うべきは言う、怒るときは怒る、まさに孤高の言論人の一人であったと思います」
本気で怒る大人が少なくなった現在。監督の謦咳(けいがい)が懐かしい。
前出の樋口さんが運営している東京・神保町のシェア型書店「猫の本棚」では現在、「大島渚文庫」と銘打ち、生前の大島監督の蔵書を神奈川・藤沢の私邸の書庫から直接搬入、販売している。(本誌・小柳暁子、唐澤俊介)
※週刊朝日 2023年2月10日号