浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
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ECB総裁時代のマリオ・ドラギ氏 (c)朝日新聞社
ECB総裁時代のマリオ・ドラギ氏 (c)朝日新聞社

 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

【写真】ECB総裁時代のマリオ・ドラギ氏

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 イタリアの政治がざわついている。イタリア政治に波瀾万丈は付き物だが、今回は波瀾劇の主役に抜擢された人が面白い。抜擢に踏み切ったプロデューサーの決断もなかなかのものだ。

 舞台中央に躍り出たその人は、マリオ・ドラギだ。ユーロ通貨圏の中央銀行、ECB(欧州中央銀行)の前総裁である。2011年から12年にかけてユーロが存続の危機に見舞われた時、ドラギ氏は「なんとしてもユーロを救う」と豪語し、その通りの結果をもたらした。以降、彼の異名は「スーパーマリオ」になった。

 ドラギ氏を政治ドラマの主役に指名した仕掛け人がセルジオ・マッタレッラだ。イタリア大統領である。このドラマには、前芝居がある。

 先月、寄り合い所帯の連立政権が崩壊した。元々、無理な連立だった。その顔ぶれは、中道左派の民主党と反体制型ポピュリズム集団の「五つ星運動」、そしてマテオ・レンツィ元首相率いる極小政党「イタリア・ビバ」だった。彼らが辛うじて手を組んでいたのは、共通の敵が存在するからだ。右翼排外主義政党の「同盟」である。とにもかくにも、「同盟」を仲間はずれにしておきたい。その一心で、不揃いの三者が何とか寄り合っていた。だが、「イタリア・ビバ」が堪忍袋の緒を切らして飛び出した。政権は空中分解へ。

 事態収拾に乗り出したマッタレッラ大統領は、連立再編を促した。だが、一向にらちが明かない。しびれを切らした大統領が、一計を案じた。それがドラギ氏の起用だったのである。

 この一計、果たして吉と出るか、凶と出るか。それは全く分からない。スーパーマリオがスーパーマリオであり得たのは、中央銀行業の知的空間の中においてのことだ。魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)するイタリア政界において、その神通力が通用するかどうかは何とも見極めがつかない。

 ただ、このような配役が可能だというところには、救いがある。それだけの力量が期待出来る人材がいる。その起用を思い切れる指導者がいる。ここが羨ましい。ようやく辞任したが、「代わりがいないから仕方がない」というので、超不規則発言男を重職から即座に追放出来なかった亡国の某国とは大違いだ。

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2021年2月22日号