※写真はイメージです (GettyImages)
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 ノンフィクション作家の後藤正治さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『その虐殺は皆で見なかったことにしたトルコ南東部ジズレ地下、黙認された惨劇』(舟越美夏著、河出書房新社/2400円・税抜き)。

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 トルコ、イラン、イラク、シリアなど中東地域に居住する祖国なき民、クルドの存在は知られるが、その受難史が伝えられることは少ない。

 本書は、二〇一五年後半から翌年にかけて、トルコ南東部ジズレの町で、トルコ軍の武力行使によって起きた知られざる惨劇を伝えている。書き手は、共同通信プノンペン、ハノイ、マニラ各支局長などを歴任した国際派の女性ジャーナリスト。

「和平プロセス」が崩れ、ジズレには外出禁止令が敷かれる。テロリストの一掃──がトルコ軍の名目であったが、三つの地下室に逃れ隠れたのは、学生、女性、子供、高齢者などだった。そこへ、狙撃、砲撃、爆破が襲い、犠牲者は数百人にも上った。

 地下室からの電話、ツイッター、独立系テレビの映像などで、“虐殺模様”が伝わっていく。国連人権高等弁務官事務所、国際刑事裁判所、欧州人権裁判所などに対するクルド側の働きかけもあったが、国際社会は冷ややかだった。

 中東から流入する難民問題を抱える欧州諸国は、“最後の防波堤”、トルコのご機嫌を損ねたくない。NATO加盟国でもある。さらに、武装勢力IS(イスラム国)との攻防がからみ、中東をめぐる各国の利害は迷路のごとく入り組んでいる。メディアにとっても、クルド問題は目新しいテーマではない。けれども……。

 著者は、現地ジズレに入り、生々しい証言を得ている。各地に散った関係者とネット回線などを通して面談もしている。

 ジズレ出身のクルド人、ファイサル・サルユルドゥズ元国会議員はその一人。ファイサルは現地に留まって市民救済に奔走するが、「テロリスト容疑」で逮捕の手が迫り、欧州に逃れる。スイス湖畔の町でこう語ったとある。

「この世に存在するあらゆる悲しみが、あの時、ジズレの地下室に集中していました」

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