1973年に連載を開始した「ブラック・ジャック」。手塚治虫の名作として名高いが、今年は連載40周年の年にあたる。このマンガの魅力は何か? 心臓外科医の南淵明宏氏に話を聞いた。
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ブラック・ジャックを読んだのは、高校1年のとき。筋立てよりも、出てくる人体の美しさに感激しましたね。一見してわかる臓器の造形美だけでなく、鼓動して命を支える心臓の美しさといった機能美までが、高校生だった自分にも伝わった。当時は気づかなかったけれど、手塚さんは命に対する畏敬の念を込めて描いているから、ああいう絵ができたのではないでしょうか。多くの手塚作品に言えることですが、生命への称賛が感じられるんです。
僕はブラック・ジャックにかぶれて医者を目指したわけではありませんが、医者というのは人を助けるとか誰かの役に立ちたいとか、浮ついた安っぽいものではなく、宇宙の根源への問いかけの答えを探し求める仕事だと思うようになった。そのきっかけのひとつが、ブラック・ジャックでした。
手塚さんは医師の資格も持っていますが、ブラック・ジャックは「医者というのはこういうものだ。教えてやる」という作品ではない。僕が奈良県立医大の医学生だったころ、手塚さんが講演に来たことがあるんですが、そこでも「自分は医者らしいことを何もしてきていない。できそこないの医者なんです」とひたすら謙遜していました。
毎回いろいろな職業の人が登場しますが、どんな職業の人へもあたたかい目が向けられています。とくにそれを感じたのは、漁師の親子の話。怖いもの知らずの息子が海へ魚を突きにいき、巨大なシャコ貝に足をはさまれて溺れそうになる。ブラック・ジャックに助けられた息子は海の怖さを実感するというストーリーです(131話「青い恐怖」)。リスクを背負って海に出る人たちを尊敬を込めて描いている。ほかの職業に対してもそうです。
逆に権威をカサに着て威張る人は、徹底的に醜悪に描いていますよね。政治家にいくらカネを積まれようと、イリオモテヤマネコや赤ちゃんを優先して助ける場面は印象に残っています(242話「オペの順番」)。
手塚作品の底流にあるのはアンチ権威主義です。組織の肩書がないブラック・ジャックが、多くの人に技術を認められ、手術を懇願される。僕の勝手な解釈ですが、患者を助けるということにおいて肩書はいらない、現場こそが大事だと。
医者ってね、ずっと現場にいられる職業なんです。現場では患者を救うことができる半面、葛藤し、地獄に突き落とされることもある。それでも、自分の目の前にある小さな世界にしっかり対峙することが大事で、そこに幸せがあり、達成感があり、医者の目的があると、僕は信じています。ブラック・ジャックは、そんな医療現場の輝きを表した「現場賛歌」ではないでしょうか。
※週刊朝日 2013年4月26日号