姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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東京五輪組織委会長を辞任した森喜朗氏(代表撮影)
東京五輪組織委会長を辞任した森喜朗氏(代表撮影)

 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 森喜朗氏の退任劇からは、世界からも注視された女性蔑視の問題とともに、統治システムとそれを操舵するパワーエリートのデカダンス(頽落)が透けて見えました。国民のコモンセンスとはかけ離れた、権力のインナーサークルだけに通用する不文律と、それを支える暗黙の合意によって組織や機構が動いていたことを、端なくも露呈させることになったのです。

 森さんという政治家は、「情」で動く人であり、古い政党の汚れ役を買って出る人なのでしょう。そういう実力者は、インナーサークルにいる選良たちにとっては使い勝手のある「調整役」で、その分、森さんに頭が上がらなくなっていたのだと思います。でも、そうした舞台の裏で、情ですべてを丸め込もうとする政治家がいったん、外に向かって言葉を繋いだ瞬間、ほとんど「理」を欠いた頓珍漢な発言にならざるを得ず、結果として「失言」や「妄言」が絶えないのだと思います。

 それでも打算を情で絡んだ親分子分関係が、男社会を中心に政界や経済界、スポーツ界やその他の何々「界」を牛耳ってきたことは間違いありません。しかし、自省の意味も込めてそのような「旧体制」では日本はただ縮んでいくだけで衰微の一途を辿るのは明らかです。今回、森氏の去就がオリパラという世界的なイベントをきっかけに国際的な話題となり、刷新への端緒が見え始めているのは皮肉な結果と言えるかもしれません。

 翻って東京オリパラは「復興五輪」のはずでした。広島・長崎の悲劇があり、そして東日本大震災に伴う福島の悲劇が重なり、そうした歴史の十字架を背負った日本がどういうメッセージを発していくのか。そして国民はそこからどう生まれ変わっていくのか。そのことが問われていたはずです。しかしスーパーマリオに扮して五輪開催をアピールする安倍前首相の姿はあまりにも軽く、また原発事故に関しても「アンダーコントロール」という公約は今ではほとんど有名無実になっています。

 間もなく東日本大震災と福島第一原発事故から10年。私たちは五輪開催も含め、復興のプロセスをもう一度検証し直さなければならない時を迎えています。

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2021年3月1日号