落語芸術協会(芸協)所属の宮治は、会長の春風亭昇太以来29年ぶりの5人抜きの抜擢昇進だ。落語家には前座、二ツ目、真打という階級制度があり、最終階級の真打を目指して精進する。この真打になるのが「遅すぎる」と待たれていたのが宮治である。その人気と実力は前座時代から注目され、若手二ツ目たちでその実力を競うNHK新人演芸大賞落語部門大賞を、8カ月前まで前座だったという異例の早さで受賞し話題をさらった。そのほかにも多くの賞に輝く実力を持ちながら、芸協の「抜擢昇進は基本的にしない」慣例から、入門順序列の中にいた。昨年、人気講談師の神田伯山が9人抜き抜擢昇進したように、爆笑系スター落語家がやっと抜擢昇進されたのだ。

 新真打披露目では、業界関係者や客に手拭いや扇子と一緒に「口上書き」というものを配ることになっている。所属協会会長や師匠からの挨拶とともに、歴々からの祝いの寄稿文を集めたものだ。そこに当代一の人気と実力を誇る春風亭一之輔が寄せている。「僕が知る限りはこういうのは見たことない」と演芸評論家の長井好弘(65)が笑うように、口上書きに他協会である落語協会の若手真打が祝いを寄せるというのは異例中の異例らしい。宮治が敬愛し公私ともに親しい一之輔が口上書きで述べている。「(中略)宮治はバケモノのような二つ目になってしまった。相変らず、彼の顔はおもしろく、それ以上に噺がおもしろく、そして彼のあとはとてもやりにくい。だから私も燃えるのだ。(略)宮治は私のライバルです」

 披露宴の4日後、4カ月ほど続く披露興行の最初の日、大初日を新宿・末広亭で迎えた。緊急事態宣言下なので客席は半数に抑えられている。それでも入場整理券を求める客の列は徹夜組もいて末広亭を一周した。朝には150人ほどの列が寒さの中に並び、宮治が笑わせながら一人ひとりに使い捨てカイロを配っていた。こんな新真打もまた異例である。アクリル板が立てかけられた高座、掛け声の禁止、間隔をあけた立ち見席には小さな子どもたちまでいる。神田伯山の司会による口上の席には、この日のゲスト笑福亭鶴瓶も並び、めちゃくちゃに賑やかな披露目初日に、客はしばし災厄のただ中にいることを忘れた。

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