「火の国会議」の初会合/2016年4月19日、熊本地震本震の3日後に集まった内閣府や県、社会福祉協議会、NPO団体の代表者ら。この日から数百回に及ぶ情報共有と調整を重ねた(KVOAD提供)
「火の国会議」の初会合/2016年4月19日、熊本地震本震の3日後に集まった内閣府や県、社会福祉協議会、NPO団体の代表者ら。この日から数百回に及ぶ情報共有と調整を重ねた(KVOAD提供)
AERA 2021年3月8日号より
AERA 2021年3月8日号より

 東日本大震災は、私たちにとって、防災意識と災害支援の在り方を根本から見つめなおす大きな機会にもなった。命をつないだ被災者の助けとなるべく、支援の連携も始まった。AERA 2021年3月8日号から。

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 被災者への支援のあり方も、東日本大震災を機に大きく変わりつつある。

 支援団体「レスキューストックヤード」代表理事で、「東日本大震災支援全国ネットワーク(JCN)」代表世話人でもある栗田暢之(のぶゆき)さん(56)は言う。

「被災から逃げ延びた命を、その後どう救うか。それも大切な『防災』です」

 東日本大震災では1万8千人超の死者・行方不明者のほか、3767人(20年9月現在)の災害関連死が発生している。関連死とはストレスや不衛生な環境による病気、将来を悲観しての自殺など、直接的ではなくとも災害に起因して亡くなることだ。

「せっかく助かったのに、『死んだ方がマシ』と絶望する人を何人も見てきた。つらいんです」(栗田さん)

 東日本大震災は、支援活動もかつてない規模だった。被災自治体145カ所に災害ボランティアセンターが立ち上がり、延べ150万人超のボランティアが活動した。民間団体が独自に受け入れた分を含めれば、被災地で活動したボランティアはその数倍に上ると見られる。支援活動を行った民間団体は推計約3千団体。一方、災害支援に携わる関係者は、自戒を込めて言う。

 東日本大震災は、支援の全体像を誰も把握できていない──。

「公的機関も、災害ボランティアセンターを運営する社会福祉協議会も、民間も懸命に頑張った。でも、『誰が・どこで・どんな』活動をしているのか全体を把握し、必要な場所へ支援を届けるコーディネートが行われませんでした。支援者同士やセクター間の連携も限定的だったんです」(栗田さん)

■ボランティアと連携全体をコーディネートする

 宮城県では内閣府・県・自衛隊・ボランティア(県社会福祉協議会・JCN)の合同会議が行われ、市町村レベルでも行政と民間が連携して課題解決した例もある。だが、被災地全体での実践にはいたらなかった。

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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