リー監督は医師への道を進んでいた大学4年のときに映画の授業で中国や日本、アフリカやイランなど世界の映画に触れて衝撃を受け、監督への道へ踏み出したという。
「韓国系という出自がキャリアの障害になった経験はありません。幼いころから家では韓国語を話し、韓国のテレビ番組を観て韓国食を食べていた。家の中は“韓国”で、外はアーカンソー。常に二つの世界で育った感覚があります。両親は韓国人であることに誇りを持っていましたし、私自身もそうです。どちらかというと田舎育ちだったことが私にとってハンディでした。地元では多くの人が農業を継ぎ、大学に進学する人は15%ほどしかいなかったのです」
気になる実写版「君の名は。」は、いま脚本執筆の真っ最中だという。
「配給元から『アメリカの映画にしていいですよ』と励まされています。新海誠監督とはともに田舎育ちで都会に出た、という共通点を感じていますし、作品にも自然や土地に耳を傾ける大切さを説く要素がある。そこを大事に描きたいと思っています」
◎「ミナリ」
父役を演じるテレビシリーズ「ウォーキング・デッド」のスティーヴン・ユァンにも注目。3月19日から全国公開
■もう1本おすすめDVD「フィールド・オブ・ドリームス」
リー監督は小津安二郎監督を尊敬し、撮影ではスピルバーグ監督作品やロベルト・ロッセリーニ監督の「ストロンボリ/神の土地」「イタリア旅行」などを参考にしたという。
筆者が映画の空気に共通点を感じたのがケビン・コスナー主演の「フィールド・オブ・ドリームス」(1989年)。80年代、アメリカ・アイオワ州で農場を営む主人公と妻と娘の三人家族を描いている。
新米農家のレイはある晩、トウモロコシ畑で声を聞く。「それを造れば、彼はやってくる」。不思議な声に突き動かされるように、レイは畑を潰して野球場を造る。するとそこに、かつての名選手たちが現れるようになり──?
イメージの重なりは、同じ80年代アメリカの農場が舞台であることが大きいだろう。広々とした青い空と砂ぼこり、赤いチェックのシャツのコントラスト。妄信的に突き進む父親とそれを見守る家族のきずな。現実とやさしく交わるファンタジー風味。そして土地の“異邦人”である韓国系移民と、現世の異邦人たるゴーストを、自然に受け入れている登場人物たちのおおらかさに、アメリカのよき時代の精神を感じ、郷愁をそそられてしまうのだ。
◎「フィールド・オブ・ドリームス」
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
価格1429円+税/DVD発売中
(フリーランス記者・中村千晶)
※AERA 2021年3月15日号