『人類にとって「推し」とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』の著書があるライターの横川良明さんは、「推し」という言葉の起源をこう語る。
「AKB48のメンバーを『推しメン』といったのが発祥と考えています。一般に広がりだしたのは2015年頃。ここ2年ほどは言葉の使いやすさもあって、爆発的に広がりました」
■適切な距離感で楽しく
背景には、冒頭の女性が示したような「布教精神」がある。推しを第三者にも好きになってほしいと多くの人が思うという。
「SNSがない時代は、対象を仲間内で愛でる文化で、外からは近寄りがたく見えていた。10年頃からツイッターが普及し、自分の好きなものについて話したいという欲求と相まって、広がっていったのです」
横川さんは推しの効用を語る。
「推しがいれば、人に優しくなれる。推しが見ていると思うと、悪いことはできない」
つまり、推しとは、小さな神さまのようなものなのだ。
「自分の心に家族とは別の大切な存在がいてもいい。そんな価値観が広がっていると思います」
ただし、神さまが強大になりすぎると、軋轢(あつれき)も起こる。かつて推し活を極めた医療関係に勤める20代後半の都内在住の女性は、ある男性アイドルにはまり、1カ月に16回も推しに会いに行ったこともある。
「推しが優しく話しかけてくれるときはテンションが上がるけど、ちょっと冷たくされると悲しくなってしまって。他のファンとの人間関係もあって」
駆け引きを仕掛けては、一喜一憂する心の浮き沈みがつらかった。かかった金額も大きかった。結果、心も懐事情も傷ついた。
女性は酸いも甘いも噛み分けたといった表情でこう語った。
「推し活は幸せももらえるけれど、適切な距離感や付き合いがあると思います。用法と用量を守って、楽しく推し活することをすすめます」
(ライター・井上有紀子)
※AERA 2021年3月22日号