「老後への不安」は、すでに日本社会の通奏低音となっている。前出の柏さんのように、老後になっても働かざるを得ない高齢者が目立ち始めているのは、決して個人の問題ではないのだ。

 厚生労働省によると、2019年度にハローワークで新たに登録した65歳以上の求職者は約59万人に上り、10年前(2009年度)の約32万人の1.9倍近くにまでになった。また、労働政策研究・研修機構の調査(2015年発表)では、「60代が働いた最も主要な理由」は「経済上の理由」が最も多く、約58.8%を占めた。

 70歳定年に加え、70歳超就労も広がれば、「70歳からのハローワーク」も現実のものとなるかもしれない。本来、喜ぶべきことであるはずの長寿化が不安をもたらし、人生最大のリスクとなっている。そんな社会に、私たちは生きている。

 私たちは、いくつになっても働き続けるしかないのか。そんな暗澹たる気分にもなってくるが、高齢になっても働き続けることは、必ずしも絶望だけを意味しない。高齢になっても前向きに働き続ける人たちもこの本で紹介している。

 亡くなる直前まで、生きがいを感じて元気に働き続けたケースも。千葉県柏市に住む鎌田勝治さんは76歳の時に、市内の特別養護老人ホームに「就職」した。

 取材で施設を訪ねると、78歳の鎌田さんは、ベレー帽をかぶり、背筋をすっと伸ばして現れた。施設には要介護度の高い高齢者が多くおり、認知症を患った人も少なくない。その目の前の床を慣れた手つきでモップを使って拭き清めていく。

「仕事っていうのは楽しいもんだねえ。人と接して仲良くするというのがいい。70歳を過ぎてようやく気付いたよ」

 鎌田さんは16歳から、有名靴メーカーの工場で1足3万円以上の高級紳士靴を1日25足、半世紀以上作り続けた。定年退職後も関連企業で働き、退職したのは70代半ばのことだ。

 子どもたちは独立し、妻と二人暮らし。不足のない額の年金を受給しており、生活費に困っているわけではない。それなのに、なぜ働くことを選んだのだろうか。

「働いていた時とは勝手が違って、やることがないと戸惑っちゃってね。その点、ここの仕事はみんな楽しいんだよ。現役時代よりも、いまのほうが楽しいかもしれない」

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