自分が必要とされているという実感は何歳になっても大切だ。仕事は確かに、人に役割と居場所を与えてくれる。

 鎌田さんはちょっと躊躇(ちゅうちょ)してから、思いもよらぬことを口にし始めた。

「実は半年ほど前、精密検査で胃がんが見つかったんです。働いて誰かと話していないと、つまらないことを考えてしまう。いまは医師からも良好と言われ、元気に働いています。いや、働いているから元気なのかな」

 鎌田さんが亡くなったのは、取材から数週間後だった。

「働くのはもうやめたほうがいいと私は何度も言ったんです。それでも、あの人はいつも出かけていきました」と妻は語った。

 彼にとって、「働くこと」イコール「生きること」だったのだろうか。限られた残り時間にも多くの人とつながり続け、最終ゴール寸前まで働き続ける。こんな人生の締めくくり方もある。

■就労の社会実験 老後もいろいろ

 実は、鎌田さんが暮らしていた柏市は、全国でも有名な高齢者就労の先進地域の一つ。というのも約10年前から、高齢者の社会参加を促す「実験」が行われていたのだ。

 勤め人の多くが朝早く東京へ通勤し、昼間人口と夜間人口の差が大きい。そして、バブル時代前後に自宅を購入した団塊世代の住民が多く、現在は必然的に急激な高齢化が進んでいる。

 この柏市の特性に目を付けた東京大学高齢社会総合研究機構が2009年、柏市役所と独立行政法人「都市再生機構(UR都市機構)」とともに、高齢者の「生きがい就労」を社会実験として進めた。

 高齢者が働くことの利点について、社会実験の報告書はこう指摘している。

「働きに出ることは最も長年慣れ親しんだライフスタイルであって、明確な外出目的となる」

「就労の場では明確な自分の役割(居場所)が与えられる」

 定年退職後の男性たちが、「粗大ゴミ」とまで言われるようになって久しい。確かに定年で長年の会社と別れを告げた男性たちは、同時に居場所、役割、話し相手、さらには人生の目的すら見失ってしまうことが多い。それに対して最も効き目がある処方箋(せん)が「就労」なのだろう。

 先の見えない老後レス社会を見越して、早い段階で転職に踏み切り、高齢まで働く道筋を立て始めている人たちもいる。

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