俳優、演出家、脚本家の河原雅彦氏は、50歳を過ぎた男性たちが引き起こす「大変な事態」について、こう話す。
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自分は今年で44歳になる。ま、世間的に言えば完全なるおっさんだ。
とはいえ、自覚は極めて薄い。舞台の仕事は、現場現場で目まぐるしく環境が変化するため、その分、常に新鮮で、ことさら年齢を気にする機会が少ないからだと考える。
特に演出家なぞは、目に見える昇進も無ければ、肉体を酷使するわけでもない。どんなに経験を重ねようと、その一方で、瑞々しい感覚をキープすることが求められる。
そうねえ、現時点で「年とったなー」って思うのは、以前より酔っぱらうのが早くなったとか、疲れがなかなか抜けないとか、そんなもんか。
本来これらはおっさん化サインとしては十分なのだが、自分なんか、今でも平気で若い連中と朝まで飲み歩くし、なんのてらいもなく短パンだって穿く。誰かに頭のひとつもはたいてもらえりゃいいのだが、なまじおっさんになってしまったため、周囲にはどんなにしょーもない話でもへラへラきいてくれる後輩達がぐんと増えた。これは非常に危険だ。そろそろ本気でおっさんを自覚せねば、そのうち大変な事態を引き起こしかねない。
例えばこんなことがあった。
「50を超えたおっさん俳優に連日連夜口説かれ、ほとほと困り果てた20代女優が自分のもとに真顔で相談に訪れる」というかなり残念なケースが、ここ最近、続けざまに起こったのだ。「そんなの人知れずこっそりしっぽり上手にやって下さいよぉ」……というのが先輩達に対する俺の本音。だが、彼らにはそれが出来なかった。
これは、彼らがおっさんの自覚無く40代半ばを過ごしてしまったからに違いない。だって、火遊びならまだしも、先輩達、本気で恋しちゃってんだもん。無理だよぉ……そりゃドン引きされるよぉ……50代なんて彼女達にとっちゃあ、おっさん通り越して、パパすら通り越して、完璧おじいちゃんだものぉ。
しかし、そんな常識に気づくことなく、彼らは黙々と恋の炎に薪をくべ続けた。悲しいことに、若い頃のオラオラ&イケイケ感を消せなかったわけだ。
どのケースも、最初はただただ良かれと思い、稽古場の片隅で若い女優に演技指導を繰り返し、女優にしてみれば頼れる大先輩としてそれをありがたく受け入れ、仕事終わりに安い飲み屋で親交を深め合い、そんな中、酔った勢いでボディタッチが増え始め、そのうち毎晩、「今、なにしてる? 俺、お風呂上がりー」的なマジどうでもいいメールを連発するようになり、彼女達の返信が少しでも遅れると、「なぜ返事がない!」と拗ね始め、やがて自分と距離を取り始めた彼女達に業を煮やし、地方公演中、辛抱たまらん!とばかりに、彼女達を強引に呼び出し、「俺を一人の男としてみてくれ」と執拗に迫るのだ。しみとしわだらけの顔して。
これはもうね、本当に愚かしい。若かりし日の残像を追うのもたいがいにしないとね。これから毎晩、「ボクはおじさん。ボクはおじさん」と10回唱えて眠りにつこうと思います。
※週刊朝日 2013年5月17日号