ひきこもりといえば、学校へ行かず、働きもせず、家でも何もしていない人というイメージが強いと思います。ところが外出はせずとも、家族としか話さずとも、自分の世界では七転八倒のドラマが繰り広げられている人も多いのです。そのようすは「さなぎ」に例えられます。さなぎは一見、身動きをしませんが、殻のなかで劇的な変化をしているからです。不登校新聞編集長の石井志昂さんが、さなぎのようなひきこもり経験者の半生をレポートします。10年に及ぶひきこもりを経てバーのマスターになった男性の話です。
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鬼頭信さん(33歳)も「さなぎのようだ」と例えてよいひきこもり経験者でしょう。鬼頭さんは10年ほど頑なにひきこもっていましたが、気かつけば「飲み会の誘いを絶対に断らない男」と呼べる社交的な存在になっていまいた。彼のようにキャラの立ったひきこもり経験者を私は「ひきこもりスーパースターズ」と敬意をこめて呼んでいます。鬼頭さんもまたその一人。
鬼頭さんのひきこもりが始まったのは中学校2年生のとき。当時の写真を見ると、面影はありますが、どことなく悩んでいそうな感じもあります。ひきこもりの背景として、3つの要因が絡んでいました。
1点目は小学校4年生のときの「教師によるいじめ」。当時の担任から目をつけられた生徒は、漢字のミスなどを執拗に責められ、落とし物をすれば教科書で殴られたりもしたそうです。鬼頭さんは標的になりませんでしたが、「いつか自分も」という恐怖感にとらわれるようになりました。
2点目は「勉強の遅れ」。教室内で恐怖を感じた鬼頭さんは勉強どころではなくなります。神経は先生の機嫌に注がれ、授業を落ち着いて聞けるような心の状態ではありませんでした。当然、成績は落ちていきましたが、事情を知らない教員たちからは「やる気がない」と叱責され、自己否定感に苛まれたそうです。
3点目は「同級生との人間関係」。小学校高学年時から鬼頭さんは、クラスカーストの上位グループに所属します。もちろんグループのメンバーは、明るくて勉強のできる子たち。みな同じ塾に通っていました。ところがこのグループで、ふとしたきっかけで仲間内のいじめが発生。しかも、いじめのターゲットは毎日のように変わったそうです。
小学校4年生から始まった「教師いじめ」「勉強の遅れ」「人間関係」という3つの要因が重なりあい、鬼頭さんの心のなかには緊張感、恐怖感、自己否定感でいっぱいに。ついには、中学校2年生のとき、玄関の外に出られなくなりました。