ノーベル文学賞最有力候補で、公の場にめったに姿を現さない文豪は、予想外に餞舌(じょうぜつ)だった。5月6日、京都大学で講演した村上春樹氏(64)は、ジョークを飛ばすなど終始上機嫌だった。つかみはこうだ。

「ふだんあまり人前に出ません。でも記念すべき催しだから、“カッパ”のように出てきました。なぜ、人前に出ないか? 僕はごく普通の生活を送っている人間です。地下鉄やバスに乗ってあちこち移動し、近所にも買い物に行く。テレビに出て、声をかけられると困ってしまう」

 こんなエピソードも。

「昔、運転免許を更新しに行ったとき、『村上春樹さん』と何度も呼ばれ、窓口へ行くと係の人に『同姓同名ですよね』と。『はい』と答えました。僕は絶滅危倶種の動物のイリオモテヤマネコのようなんです。そばに寄ったり触ったりしないでください(笑い)」

 河合隼雄物語賞・学芸賞の創設を記念した「魂を観(み)る、魂を書く」と題する公開インタビューに応じた村上氏。親交の深かった臨床心理学者の故・河合さんについては、「ほとんど先生と呼ばないが、河合先生の場合、自然に呼んでいた」と語り、河合さんのこんなダジャレをこう披露した。

「(河合さんが文化庁長官だった当時)総理が閣議に遅れてきたとき、待っていた閣僚に謝ったんや。『アイムソーリー、ソーリー』と……。とことんしょーもないんです」

 3年ぶりの長編で、発売直後に100万部を超えた『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)について、エッセイストの湯川豊さんの質問に応じた。

「前作『1Q84』は日常と非日常の境界が消失する小説だったが、今回はリアリズム小説を書こうと思った。『ノルウェイの森』のとき、リアリズムで書き、文学的後退だと批判されたので、今回も言われるかもしれないが、僕にとっては新しい試み。3~4年前だと書けなかったと思う」

『色彩を~』のファーストドラフト(第1稿)が仕上がったのは一昨年2月。だが、「書き直すのが好き」といい、昨年8月まで推敲(すいこう)し、完成した今年2月まで手を入れ続けた。

『色彩を~』の作中では、リストのピアノ曲集「巡礼の年」やジャズピアニストのS・モンクの曲「ラウンド・ミッドナイト」などが登場するが、話題が音楽へ及ぶと、さらに楽しげになった。

「僕は朝早く起きて午前中に仕事をするが、だいたいクラシックを聴く。寝る前に翌朝聴くレコードを並べるんです。CDは音響がせせこましく感じるので、LPが好き。20代は朝から晩までジャズを聴いた。ピアノは今も弾くので、モンクの曲の難解な和音探しをするのが趣味です。文章を書くことは音楽を演奏するような感じ。文章もそのリズムを使って書くんです。(指揮者の)小澤征爾さんと対談したとき、僕がそう言うと、『文章にリズムってあるんですか?』と驚かれました」

 終盤はイベント参加の応募者約1500人から寄せられた質問にも応じた。

Q.好きな作家は?
「文章がうまい夏目漱石、谷崎潤一郎。それと安岡章太郎。嫌いな作家は川端(康成)、三
島(由紀夫)。生理的にダメ。村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』を読み、こんな本を書きたいと仕事を辞め、小説一本にしました」

Q.好きなビールは?
「ハワイのマウイブリューイングカンパニーの缶ビールを飲んだらうまかった」

Q.好きな球団は?
「子供のころは阪神タイガースでしたが、神宮球場の近くに住んでからヤクルトファン。ビールを飲みながら、ライトスタンドで見てます。ボストンに住んだこともあるのでレッドソックスも気になる。でも、元ヤクルトの青木宣親選手がブルワーズへ移籍したので、応援してます」

Q.京都で好きな場所は?
「実は京都生まれ。昔、よく歩いた南禅寺周辺」

Q.趣味のマラソンは?
「30年以上、フルマラソンを走り、今朝も鴨川を走ったら、げたを履いた人に『頑張ってください』と声をかけられ、驚きました。昔、作家のジョン・アーヴィングとニューヨークのセントラルパークを一緒に走ったが、変わった人で『馬ふんに気をつけて』と注意してくれた。85歳までフルマラソンを走りたい」

週刊朝日 2013年5月24日号