哲学者 内田樹
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※写真はイメージ(gettyimages)
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 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

【ワクチン接種後の有害事象はコチラ】

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 米ウィスコンシン州の州都マディソンで暮らしているゼミの卒業生がときどき近況を知らせてくれる。先週届いた便りでは、マディソンでのコロナワクチンの接種状況を知らせてくれた。

 少し前にバイデン大統領は、7月4日には家族や友人と庭に集まって独立記念日を祝える可能性があると語った。米国では接種会場を増設する一方、獣医や歯科医にもワクチン接種に当たらせ、政権発足から58日で接種1億回に達した。

 マディソンでも、ワクチン接種は順調に進んでいる。医療従事者と65歳以上の高齢者から接種が始まったが、それ以外にも接種を受けている人はいて、彼女の周りでは、治験に参加した人、軍歴の長い人、ボランティア活動にかかわっていた人など、なんらかのかたちで身体を張って「公共の利益」に貢献した人が優先的に接種を受けているということだった。

 SNSではワクチン接種済みの証明書の写真を上げて「グッドバイコロナ」と書いている人も出てきた。人々の表情が明るくなってきて、「確実に夜が明けようとしている気配」を彼女は伝えてくれた。

 米国はトランプ大統領時代には感染者数、死者数とも世界最多だったけれども、大統領が交代すると一気に感染抑制が進んで、「脱コロナ」の先頭走者に躍り出た。この「レジリエンス(復元力)」が米国の底力だと改めて思った。

 卒業生のメールを読んで、米国ではワクチン接種の優先順位についてきちんとしたプリンシプルがあることを羨ましく思った。医療従事者と重症化リスクの高い人から接種という順序までは日本でも守られるだろうが、その後に「公益に貢献した」という基準を導入したら、いきなり収拾がつかなくなることは目に見えている。今の日本では「公共的」とは官邸と「近い」ということがほぼ同義だからである。権力周りが「公共空間」であり、そこに出入りする人間はさまざまな公的支援を享受できる一方、官邸から「遠い」人間は公益に貢献する機会そのものに縁がないとみなされ、当然ながらいかなる公的支援も期待できない。ワクチンでも同じルールが適用されるのだろう。

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

AERA 2021年4月5日号

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内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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