『勢いに乗ったら止められない』
2018年のアジア競技大会でMVPを獲得した時もそうだったが、勢いに乗った池江を止める術は、ない。100m自由形でも53秒98で優勝すると、最終日には50mのバタフライと自由形で日本学生記録を樹立し優勝。終わってみれば、今大会最多となる4冠を達成したのである。
「いずれですけど、自分の日本記録を狙っていけると思います」
池江の頭には、以前の自分に『戻す』という頭はない。決して、白血病を患う前の自分に戻ることはできないことを、彼女は知っている。過去に縛られることなく、過去と比べることなく、池江は今の自分と向き合い、ただ前を向いて泳いできた。
冷静に見て、今の状態でここまでの記録が出せるのであれば、東京五輪までの3カ月で記録を大幅に伸ばせる可能性は高いが、そう簡単な話でもない。
筋力がつくにつれて身体も重たくなり、水を捉える感覚、浮く感覚も今と変わってくる。疲労度も変わってくることだろう。練習で身体に負荷を与え続けられる体力も必要になるし、身体が変われば回復の方法や仕方も変わる。故障にも、そして誰よりも病気に注意を払う生活をしなければならない。それに対応していく作業は、記録のレベルが高くなればなるほど想像以上の繊細さが求められる。
この先、どこかで記録の伸びが止まる時がくるかもしれない。だが、それでもきっと池江は立ち止まらないし、進化を止めないだろう。今までも『記録レベルが高くなったら記録が出にくくなる』と言われてきた通説を、池江はことごとく覆してきたからだ。
今は、全く無理をする必要はない。健康でいることを第一に、水泳はその次で良い。彼女にとって、彼女を応援する私たちにとって、あくまで東京五輪は最大の目標であるパリ五輪でのメダル獲得への通過点である。その気持ちを忘れない限り、池江はさらなる高みへ登り詰めていくことだろう。
東京五輪で彼女に願うのは、ひとつだけ。世界最高峰の大会で、最高のチームメイトたちと一緒に、世界最高の笑顔を見せてほしい。(文・田坂友暁)