シンプルなタイトルの奥に、“仕事”に対する深い洞察が込められている。韓国を代表する俳優の一人である、ソ・ジソブの最新主演映画は、「ある会社員」。貿易商社を装った殺人請負会社で働く、プロのヒットマンを演じた。
「最初に台本に目を通したとき、仕事と向き合う男の描き方にオリジナリティーを感じて、面白いなと思いました。僕の演じたヒョンドは、ヒットマンという特殊な職業ではあるけれど、ある人物と出会うまでの10年間、会社は家であり、家族であり、学校だった。会社に命令されれば、死ぬ気で任務を全うした。でも、10年経って、人生や会社に疲れ始めたとき、仕事を始めた当時の自分に似た少年に出会うんです。ヒットマンであることよりも、会社員という立場が浮き彫りになればいいなと思いながら演じていました」
できあがった作品を見たときは、会社員の持つ悲哀だけでなく、喜びの部分もきちんと表現されていて満足したという。たしかに、働く者たちは多かれ少なかれ皆“戦士”のようなものかもしれない。そんなふうに感じさせる繊細さとリアリティーのある映像だった。
作中、ヒョンドが仕事を始めたばかりの少年に、「仕事ばかりするな」とアドバイスする場面があった。そこで、俳優という仕事に没頭しているように見える彼に、「仕事とは何ですか?」と訊いてみた。
「仕事は、自分だけでなく、すべての人がやらなければいけないことですが、せっかくなら、『仕方がないから』という義務感ではなくて、『やりたい』という自発的な気持ちで、楽しみながらやったほうがいいじゃないですか。仕事をするすべての人が、“やるべき仕事”ではなく、“やりたい仕事”を、少しずつでも増やしていければいいと思う。僕自身、もちろんいつも楽しく仕事ができるわけではないですが、そうしようと努力はしています」
俳優という仕事は好きだが、俳優が天職というわけではないという。それは、「これ以上のことはできない、これができなければ死んでしまうと考えると息苦しくなってしまう。死ぬまで俳優を仕事としてやり続けなければと自分で決めつけて、縛られるのはイヤなので」という理由からだ。役柄についても、誰かに「やったほうがいいよ」などと強くすすめられると、途端に興味が失せてしまうのだとか。
「オファーが来た仕事をやるかやらないか決めるとき、僕は、監督や共演者より台本を重視します。オリジナリティーや個性のある台本を選んでいると、新人の監督と組むことが多くなってしまって、周りからはときどき驚かれます。『ある会社員』のイム・サンユン監督も、これが初監督作なんです」
17年前、俳優を始めたばかりの頃は、「どうも自分の適性に合わないな。長くは続かないだろう」と思っていた。
「今も時々、なんで僕はまだ俳優をやっているんだろうと思うときがあります。でも、僕はこれからも役者を続けたい。なぜなら、芝居をすることそれ自体を、愛しているからです」
※週刊朝日 2013年6月7日号