大阪府茨木市の総持寺本通商店街。シャッターを閉めた店が目立つ中で、ひときわ元気な声が響いた。
「いらっしゃい、いらっしゃい。あ、こんにちは」
通り過ぎようとしていた初老の女性2人組も、思わず「こんにちは」と頭を下げる。「また寄ってくださいね」 と、大きく手を振り見送る店員。ここは、野崎将太さん(25)、宮森信(まこと)さん(25)の2人組が営む八百屋、「菜果808」だ。2人は、大阪府が主催する「OSAKA商店街空き店舗活用型創業促進事業」に応募して、出会った。府が指定するこの商店街で、昨年5月に開業。2月まで補助金で給料と家賃の一部を賄ったが、3月からは自らの力で運営している。
代表の野崎さんの前職は、大学時代に始めたスポーツインストラクターのアルバイト。
「就職活動もしたけれど、ピンとくる会社がなかった。それより、ゆとり世代でだらしないと言われる若者だからこそ、自ら動いて社会を変えたかった」
やりたいことが見つからず焦燥感に駆られていた折、この事業を知り応募した。八百屋を選んだのは、アルバイト時代、ダイエットプログラムに取り組む客が、食生活を改善することでみるみる元気になる姿を目の当たりにしたから。「生きることが楽しくなる」源となる食の大切さを実感した。
地元のさまざまなイベントに参加して人脈を作る中で、府内北部の能勢町の農家と出会う。車で1時間かかる畑に初めて行った日、農作業を手伝うことに。自ら引き抜いた大根を、行きつけの居酒屋の店長が買ってくれ、夜飲みに行くと、サラダになって出てきた。
「めちゃくちゃおいしかった。朝、土の中にあったものを食べる、という体験を広めたい」 と、選んだ道に確信を持った。
店で扱う野菜は産地直送だ。地元大阪府を中心に、近県各地の減農薬や有機栽培に取り組む農家十数軒と取引する。
仕入れは基本的に電話で行っている。遠隔地の場合は、メール、フェイスブックでもやり取りしたうえ、宅配便で送ってもらう。近辺の農家なら、ほしい野菜と量を伝え、翌朝車で取りに行く。週に2度は畑にも行き、収穫など農作業を手伝う。
野崎さんの店が扱う野菜がおいしい、と評判を集めるようになった。客の中心は近所に住む高齢者だが、わざわざ電車に乗って買いに来る人もいるという。
相棒の宮森さんの前職は、業務用冷蔵庫を売る営業マン。会社員時代は、仕事が楽しいと思えなかったと話す。
「今は一日何百回も『ありがとう』と言われる。『この間のナスがおいしかったよ』と喜ばれたり、『昨日の、あまりおいしくなかった』と言われたりもする。わざわざ言ってくれるのは、ありがたいです」
若者2人が奮闘する姿は、地元からも注目を集める。
※AERA 2013年6月3日号