稲泉連 (撮影/藤岡雅樹)
稲泉連 (撮影/藤岡雅樹)
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 2011年に起きた東日本大震災からまもなく、稲泉連さんは被災地の取材を始め、これまでに『命をつないだ道 東北・国道45号線をゆく』と『復興の書店』を発表した。『廃炉 「敗北の現場」で働く誇り』(新潮社、1600円・税抜き)は震災をテーマにした作品の3作目で、東京電力福島第一原子力発電所(イチエフ)の廃炉の現場で働く人たちの声をすくい上げている。

 福島からの異動を頑なに拒む経済産業省の官僚、高放射線量の下で業務に邁進する技術者、震災後に自ら東電への入社を選んだ社員たち──。彼らはなぜ「廃炉」に携わることを選んだのか。そうした疑問が本書を書くきっかけになったという。

「2017年に初めてイチエフの現場に行く機会を得ました。そこで、人の生活が失われた場のすぐ近くで、何千もの人が働き続けていることを改めて実感したんです。原発事故の影響を伝えることはもちろんですが、彼らがどんな思いで仕事をしているのか、そもそも日々の業務内容はどのようなものかを知りたいとの思いから、この本はスタートしました」

「働く」ことへの関心は、これまでの著作を貫くテーマでもある。『仕事漂流 就職氷河期世代の「働き方」』をはじめとした過去作のタイトルからも、それが伝わってくる。

 本書もまた、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちの仕事の内容を深く探っている。たとえば、高線量の瓦礫を運ぶ過程などが事細かに描写される。そのため、「働く」意義を考える上でも、興味深い作品となっている。

「組織の中にいる人が、自分の役割やその意義を考えて行動することは、震災に限らず普遍的なテーマだと思います。最初にそこまで強く意識したわけではなかったのですが、今回も書く中で、次第に『働く』という軸が確立されていきました」

 廃炉の現場で働く上では施設の解体が目標となるため、その成果物が後世に残ることはない。また、廃炉作業の完了にはおよそ30~40年の歳月が必要とされ、どのように日々のモチベーションを維持するかが重要となる。実際、空しさを吐露する声も本書に現れるものの、彼らはそれぞれのやり方で、仕事に真摯に向き合っている。

 とりわけ、若い世代の仕事への姿勢は心強い。震災後に東電に入社した社員は、親戚からの反対のみならず、集合研修で「今日から皆さんは加害者になります」と言われたと明かす。しかし、彼らはむしろ「自分を成長させる」「本当にやりきったと思えるものが欲しい」といった前向きな理由から、廃炉に携わることを決意したという。

 震災から10年が経ち、メディアでは「一区切り」というような報道も目立った。「しかし当然ながら、廃炉の作業はこれからも続いていきますし、これから震災を経験していない次の世代がそうした取り組みを受け継いでもいくでしょう。そんな時、先人たちの記録として、この本が役に立ったらと思います」

(若林良)

週刊朝日  2021年4月30日号