「がん患者などの終末期は、脱水状態にして身体をある意味『枯れさせる』ことが、患者さんをもっとも楽に過ごさせてあげる方法なのです。ところが、この『常識』が何年たっても、医療者や患者側に浸透せず、何かあるとすぐに点滴に頼ろうとする。かねて指摘されてきた問題ですが、コロナ禍の今、在宅医療の現場では一層、問題が深刻化しています」
そう危機感をあらわにするのは、兵庫県尼崎市で在宅医療を行い、多くの患者の旅立ちを看取ってきた長尾クリニック院長の長尾和宏医師だ。
すべての病気の終末期に当てはまるわけではないが、長尾医師によると、末期がん患者に多量の点滴をし続けた場合、肺や腹部に水分がたまったり、身体がむくんだりして患者を苦しませてしまう。また、高カロリーの点滴をすると、ブドウ糖が、がん細胞だけに栄養を送ってしまう形になり、死期を早めてしまう可能性がある。
「心不全と肺水腫で呼吸が苦しい状態が続き、もがき苦しみながら最期を迎える。まさに、ベッドの上で『溺死』してしまうのです」(長尾医師)
病院から在宅での看取りに切り替える患者家族が増える中、長尾医師のクリニックでも、新型コロナ流行以前より患者は3割増え、受け入れの限界に達した。
長尾医師は、
「病院から帰ってきた患者さんのご家族は、ほぼみなさん、何か不安を感じると『点滴を』とお願いしてきます。それはなぜなのか。入院していた病院の医師に、終末期は『枯らせた方がいい』という知識が欠落しているからに他なりません。終末期の人に安易に点滴をすることの害を知らないから、患者側もそれがいいことだと妄信してしまうのです。もはや、点滴はいかなる時も『善』であるという、不治の『点滴病』に冒されていると言っていい状況です。患者数が増えて負担が増す中、うちの医師たちは毎日、何組もの患者家族への点滴の説明に追われています」
として、こう続ける。
「ここ最近、『枯れることが緩和ケアである』という常識すら知らない『にわか在宅医』が散見されます。患者さん側が知識をつけなければ、本人と大切なご家族の心を苦しませてしまい、一生の悔いが残る看取りになりかねません」