田中:初めてあのジャンプ台に上ったときは、めちゃくちゃ怖かったですよ! 滑走路の上に置かれたスターティングバーに実際に座って撮影したんですけど、直前に水っぽい雪が降ったせいかツルツル滑って、「こんなに滑んの!?」ってヒヤリとしました。でも、それが、撮影の終盤には、バーの上で足をプラプラさせながらスタンバイするようになっていたので、本当に恐ろしいのは人間の“慣れ”のほうかもしれません(笑)。

■選手の裏に無数の物語

――撮影現場は「楽しかった」と振り返る。

田中:西方の妻役の(土屋)太鳳ちゃんと、(山田)裕貴は前から知っている仲なので、信頼して演じることができました。(眞栄田)郷敦と菜緒ちゃんには初々しい力強さがあって、刺激を受けました。菜緒ちゃんは、ジャンプ台に立ったときに涼しげな顔をしていたのが印象的だったのですが、あとで聞いたら実は高所恐怖症で、表情に出ないように我慢していたらしいんです。その横で座長の自分が「やっべぇ、こええ、嫌だあ!」って騒いでいたのが恥ずかしくなりました(笑)。

 コーチ役の古田(新太)さんと僕とは、サシのシーンが多くて、本番でも僕の目をじっと見つめてしばらく黙っていることがあったんです。だいぶ時間があって、ようやく「西方!」と声を上げるんですが、僕は知っているんです。「この人、今、絶対おれの名前を忘れていた」ということを(笑)。そんなこともたくさんあって、楽しい現場でしたね。

――クライマックスのシーンでは、共演者の熱のこもった演技と、実際の五輪でジャンパーたちが繰り広げた物語がオーバーラップして、思わず目頭が熱くなったという。

田中:当時の映像を見ると、テストジャンパーたちは本当に猛吹雪の中で飛んでいるんです。僕は知ることができてよかったと思いました。

 オリンピックという大舞台で、そこを目指して研鑽を積んできた選手たちに目がいくのは当たり前だと思うのですが、その裏側にその選手を支えている何倍もの人がいる。一人の選手の裏側に無数のストーリーがあって、それが表に出てくることはほとんどありません。でも、僕は、あの長野で人知れず戦った人たちがいたという事実に励まされたし、「負けてらんないな俺も」と活力をもらいました。

 こんなにすてきな物語を知ったら、自分もがんばらないわけにはいきませんよ。

(編集部・澤志保)

AERA 2021年5月3日-2021年5月10日合併号