東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 新型コロナのワクチン接種予約が全国で混乱を引き起こしている。

 横浜市では予約開始後45分でシステムがダウンした。東京では電話殺到で都内に着信制限が起きた。予約前日から高齢者が殺到し受け付けを停止した自治体もあったという。

 極め付きは17日に予約が始まった東京と大阪2カ所の大規模接種センターだ。電話回線のパンクを避けネット受け付けに限定したのは賢明だったが、直後に本誌発行元を含むマスコミの報道でかなり稚拙な欠陥が判明した。速やかに改修を約束するのかと思いきや、翌日朝には防衛大臣が出てきて報道こそ不正アクセスの推奨だと非難し、混乱に拍車をかけた。

 本件については政府を擁護する声も強い。大規模センターの開設は突貫工事だった。実際の接種では必ず接種券を確認するので、予約システムの欠陥は致命的ではない。いまは完璧さよりスピード感が大事だというのである。

 この指摘自体は正しい。けれども同時にもってほしかったのは、国民の信頼確保の視点である。国民はこの半年、政府のコロナ対策に失望し続けている。緊急事態宣言に対しても面従腹背になっている。そんななかワクチン接種は信頼を回復する貴重な機会だった。もし欠陥が不可避だというのなら、事前に告知し利用者の理解を求めるべきだっただろう。それならば少なくとも誠実さは伝わった。大臣とマスコミの場外乱闘などだれも見たくない。

 加えてこれを機に考えるべきはやはり行政と個人情報の関係である。日本は国民情報の集約に極端に消極的な国で、コロナ禍ではその弱点があらゆる場所に現れている。接種予約の混乱もその一例である。国民IDカードをだれもがもつ国ならば、システム開発ははるかにスムーズに進行したはずだ。

 20年ほど前、住基ネットへの反対運動が盛り上がったことがある。当時運動家は「ウシは10ケタ、ヒトは11ケタ」とのスローガンを掲げた。人間を家畜のように管理するのは許せないとの表現だが、感染症は人間も家畜も区別しない。人権を守りながらも、危機に即応できる体制構築が求められる。

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2021年5月31日号