「次のタイトル戦で当たったらどうなるか。そこで距離感を測りたい」

 渡辺は藤井とのタイトル戦についてそう答えていた。その機会が早くもやってきたわけだ。

 藤井が昨年挑戦し、棋聖位を奪取した相手は他でもない。今年、立場を入れ替えて挑戦者の名乗りをあげた渡辺だ。渡辺にとって今シリーズは「リターンマッチ」となる。

 渡辺は挑戦者を決めるトーナメントを勝ち抜き、ごく当たり前のように再戦の舞台へと登場してきた。それはもちろん容易なことではない。偉大な棋士である大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人(73)、そして羽生善治九段(50)=十九世名人資格者=らもときには、ライバルや若手にタイトルを譲ることはあった。しかし、すぐにリターンマッチを実現させ、タイトルを奪い返し、傑出した技量を見せつけてきた。渡辺はこれら3者に続くタイトル獲得数を誇る。そうした意味では、渡辺は最強の挑戦者といえそうだ。

 もし渡辺が藤井から棋聖位を奪い返せば、自身初の四冠同時保持となる。藤井に多くの記録がかかっているのと同様に、渡辺にとってもまた大きなものがかかっている。(ライター・松本博文)

AERA 2021年6月7日号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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