なぜ増えたのか。音環境工学が専門で、騒音問題総合研究所(青森県八戸市)代表を務める橋本典久さん(八戸工業大学名誉教授)はこう分析する。
「地域のコミュニティーがなくなり、人間関係が薄くなって孤独感や閉塞(へいそく)感を覚える人が増えるなか、フラストレーションを抱く人が増えてきました。そのフラストレーションから相手の出す音を迷惑行為だと認識するようになったのです。今、コロナ禍で自粛生活をしているので、フラストレーションがたまりやすい状態にあります」
こうした心理状態でうるさく感じる音を、橋本さんは「煩音(はんおん)」と呼ぶ。音は決して大きくなくても、相手との人間関係によってうるさく感じるような、人を煩わす音のことだ。
たかが「音」と侮ってはいけない。
今年4月下旬、大阪府大東市のマンション3階に暮らす大学生の女性が殺害され、直後に直下の部屋で会社員の男が死亡した。朝日新聞によると、大阪府警は男が事件に関与したとみて捜査を進めている。男はマンションでの生活音に過敏になっていた、との証言があるという。
橋本さんはこう語る。
「通常、音の発生から敵意を膨らませ、攻撃性を持ち、事件につながるまで半年くらい。短ければ3カ月程度、長ければ2年くらいかかる場合もあります。騒音問題は感情的な葛藤から発生する感情公害。さらに言えば、音に限らず悪臭や振動などコロナ禍で増えている隣人トラブル全体が感情公害と言えます」
■苦しいたばこの臭い
隣人のたばこの臭いにウンザリしているというのは埼玉県内のマンションに住む主婦(51)だ。
隣の男性は在宅勤務になったのか、平日の昼間もベランダや共有廊下側の換気扇からたばこの臭いがするようになった。洗濯物を干すのも気になるし、窓も開けていられない。ここまで苦しんでいるのに、誰にも相談できないという。
「同じマンションですし。でも、本当に我慢しています」
千葉県内に住む主婦(45)は、コロナ禍で隣人が始めたガーデニングに閉口する。風が吹くとベランダに花や葉が飛んできたり、大量に発生した虫が洗濯物についたりして、室内に入ってくることもある。苦情を言いたいが、我慢している。
「今後のつきあいのこともありますし……」
(編集部・野村昌二)
※AERA 2021年6月21日号より抜粋
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