指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第74回は、「『悪い練習をしない』ことが成功への道」。
【写真】女子100メートル背泳ぎで世界新を出したK・マキオン
* * *
東京五輪の競泳初日まで5週間、長野県東御市の標高1750メートルの準高地にあるトレーニング施設、GMOアスリーツパーク湯の丸で合宿を続けています。
大会までまだ5週間もあるので当然、力をつけていく強度の高い練習をしなければいけないのですが、それと同時に調子を徐々に上げていくトレーニングも必要になってきます。量を泳いで安心する時期ではないので、目的を明確にして一回一回の練習の質を上げ、選手とコーチが納得していくことが大切です。
この時期は豪州と米国の五輪代表選考会が続き、主要な五輪出場選手がほぼ出そろいます。インターネットが発達した情報化社会なので各国の大会の記録はすぐに伝わり、レースを動画で見ることもできます。
ライバルたちの状態がわかると、五輪のレース展開が見えてきます。レースのこの部分を向上させるために、こういうトレーニングで、このタイムで泳ごうと練習が具体的になってきます。選手のセンサーも高まってくる時期なので、あまり神経質にさせないことも大事になってきます。
たわいもない会話はストレス発散につながります。ほかのチームの選手と話したり、コーチと意見交換したり。時間を取ってミーティングをすることも重要ですが、私は練習の前後でよく選手に話しかけます。2008年の北京五輪の前は、高速水着と言われたレーザー・レーサーの影響で海外の選手が次々にいい記録を出していました。不安を口にする女子背泳ぎの中村礼子をコーヒーショップに連れていって、とにかく自分の泳ぎに集中しよう、などと話をしました。
ここから五輪が近づいてくると、選手たちは「もっと上に、もっとよく」と考えます。それでも、この時期の練習は、実は「悪い練習をしない」ことのほうが大切です。本番が近づいてくると、選手の気持ちは高まってきます。いままで1の力でずっと練習していたのが、意識をしなくても1. 1 とか1.2とか自然と力が入ってしまうことが多い。そうなると、いつも通りにやっているのになんだか疲れちゃう、故障気味になる、となりがちです。