時は流れて2006年の春、『新版 名探偵なんか怖くない』の巻末対談のために湯河原のご自宅にお訪ねしたときは、すっかり一読者に戻ってお話をうかがいました。「綾辻さんは学生みたいな若いイメージしかなかったもんだからね、今日お会いして、ちょっと安心しましたよ」と言われたのが、不思議と印象に残っています。僕に限らず、若手の後輩作家にはやさしい方でしたね。それは作品にも出ていて、デビュー作から一貫して弱者へのまなざしが温かい。殺人事件を扱っても、常に弱者の側に寄り添うスタンスを守っておられたように思います。
最初に読んだ『名探偵が多すぎる』が、僕は今でも大好きです。それと『殺しの双曲線』。アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』と同様の、クローズドサークルものの本格ミステリーですが、当時の日本には似た作例が少なかったんです。
この世を後にした京太郎さんは大好きな列車で名探偵たちが集う天上の楽園へ向かわれて、十津川警部ではなく、ご自身がそこに加わって推理小説談議に花を咲かせておられることでしょう。
※週刊朝日 2022年12月16日号