力いっぱい目を閉じてひた走る人々は、思いとどまることができない。彼らは踏みとどまることが実に苦手だ。日本の政治家たちには、思い直して方向転換するというモチーフは備わっていないようである。
日本の経営についてもいえそうだ。踏みとどまることは敗北を認めること。過ちを認知することだ。それはできない。だから突撃あるのみ。この感覚が、実に深く日本の政治と経営に根を下ろしている。この印象がとても強い。
これがあるから、原発事故が起こる。企業が不祥事を隠蔽(いんぺい)しつつ、ひたすら繰り返す。
この感性が、かつて、日本を日中戦争に、そして太平洋戦争に突入させた。そういうことではなかったか。踏みとどまるチャンスがあっても、踏みとどまらない。思いとどまるための材料を誰かが与えてくれても、それを有り難く受け止めるということをしない。異論はひたすら無視するばかり。
力の限り閉じられた目の持ち主たちが、我々を惨劇の流砂に引き込んで行く。そうならないことをひたすら祈るばかりだ。
浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
※AERA 2021年7月19日号