依存症の支援団体「ARTS」の田中紀子代表理事は、「社会から居場所を奪ってしまうのが一番の問題」と訴える。

「薬物使用者とその家族は反社会勢力と同じような扱いを受けるのが日本の実情です。刑事事件の対象になることで、再起の道も閉ざされ、自殺に追い込まれる人もいます」

 薬物使用者を貶(おとし)める風潮はメディアによって増幅される面も大きい。有名人が薬物事件で摘発されるたび、マスコミが大挙し、洪水のような報道を浴びせる。記憶に新しいのは、大麻所持罪に問われた俳優の伊勢谷友介さん(45)だ。伊勢谷さんは昨年12月、東京地裁で執行猶予付き有罪判決を言い渡された。田中さんは事件以降、伊勢谷さんを「重罪人」のように扱ってきた報道に憤る。

「伊勢谷さんは社会貢献にも熱心に取り組んできた俳優です。にもかかわらず、彼の人生を全否定するようなバッシングで埋め尽くされました。社会のフラストレーションの生贄にするような状況は異様です」

■国際NGOのリポートではアルコールが最も有害

 16年の国連のドラッグリポートによると、過去1年間に薬物を使用したのは約2億4700万人。このうち依存症などの薬物問題を抱えているのは約2900万人(11.7%)だった。他人に危害を加えるなど犯罪にはしる人はさらに限定される。

 違法薬物を撲滅したいのであれば、末端にいる個人の薬物使用者を摘発するのに捜査資源を割くのではなく、違法生産したり、密売したりしている大元の取り締まりを強化すべきだ、と田中さんは唱える。

 元国連事務総長の故コフィ・アナンや元ニュージーランド首相ヘレン・クラークなどが名前を連ねる国際NGO「薬物政策国際委員会」が発表した薬物などの有害性をランク付けしたリポートによると、最も有害とされる物質はダントツでアルコールだった。前出の丸山教授はこう提案する。

「飲酒は罪に問われませんが、飲酒の上で重大事故を起こした運転手には『危険運転致死傷罪』が適用され、より重いペナルティーが科されます。他の薬物もこれにならうのも一案です」

 丸山教授は薬物依存者への偏見をなくす視点を培うヒントとして、大ヒットした映画「ボヘミアン・ラプソディ」を挙げる。イギリスのロックバンド「クイーン」のボーカルだったフレディ・マーキュリーの伝記映画は、薬物依存などとの闘いのストーリーと捉えることもできるからだ。

「孤独になり、アルコールやドラッグにおぼれた主人公が、最後は家族や仲間に受け入れられ、立ち直っていく。そんな、もがき苦しみながらも自分らしい生き方を貫く姿に多くの人は共感します。であれば同様に、薬物依存者を犯罪者として排除するのではなく、救いを求める人に手を差し伸べるのが社会の役割ではないでしょうか」

 国は大麻使用罪の創設に向け、来年の法改正を視野に検討に入る。だが、まだ遅くはない。為政者が唱える「安心・安全」が、本当に誰もが生きやすい社会につながるのか。それをチェックし、ベストの政策を選択する責務は私たち主権者の側にある。(編集部・渡辺豪)

AERA 2021年7月19日号

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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