校了の夜は1時間おきに電話をした。朝方まで原稿の進み具合をチェックするのだ。その都度2、3枚がファクスで届く。電話には出るが例によって、「あっ」の一言で切られる。電話の間隔をあけたことがあった。原稿は進んでいなかった。「君が(電話を)かけてこないから書かなくていいんだと思ったよ」との言い訳には苦笑した。
オウム真理教幹部だった村井秀夫刺殺事件があった夜、「大変な事件が起こりました」と伝えると、「えー!!」と珍しく感情をあらわにしたかと思うとガチャン。それから電話に出なくなった。
「まずい。原稿が落ちる」。呆然とテレビを眺めていたら、なんと筑紫哲也さんの「ニュース23」に生出演しているではないか!
「マジかよー。余計なことを言わなければよかった」
深夜1時過ぎ、恐る恐る電話した。「……どうですか? お原稿」。ジーッとファクスが鳴り、落とすつもりはないんだと胸を撫でおろした。しかし、どんな時も自分の興味に食いつくのはさすがと思った。
早朝、連載原稿が整い、嬉しくて猫ビルに吉牛を持って行った。「ありがとう」とタッくんは優しかった。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
※週刊朝日 2021年7月30日号
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