事件だけではない。お照が母親とも義理の父親ともうまくいっていないことが繰り返し綴られる。親に捨てられて吉原で育った美晴の過去も語られる。途中から登場する小間物屋の手代の野乃吉は、親の期待に沿えない自分を責め、成長を待ってくれない親を嘆く。物語を通じて浮かび上がるのは、親が我が子を自分の思い通りに動かそうとし、それに逆らうすべを持たない、あるいは逆らおうとして懸命に足掻く子の姿だ。

 近年「毒親」「親ガチャ」という言葉をよく目にする。大半の親は我が子を愛しんでいると思いたいが、悲しいことにそうではない親も時には存在する。本書は、不運にもそんな親のもとに生まれてしまった者たちが、そんな親からは離れていい、自分の足で立てばいい、血より心でつながる相手と家族になればいいと、そう思えるようになるまでの物語なのだ。

 それがはっきりとわかるのが、最終話で明かされる衝撃の事実である。そうだったのか、これが描きたかったのかとため息が出た。

 また、美晴とお照の対比も実に効果的だ。吉原(なか)しか知らない美晴と外しか知らないお照。男に慣れた美晴と、男を知らないお照。戦略的に使われる美晴のありんす言葉と、腹の中を隠せないお照の江戸言葉。幼い頃に親に捨てられた美晴と、親がいることで辛い思いをするお照。何もかも捨てたように見える美晴と、親の愛をあきらめきれないお照。対照的なふたりを配することで問題に違う視点から光が当たる。

 もちろん著者お得意の江戸の粋が詰まった台詞回しも健在。重いテーマを孕みながらも、市井小説ならではの生きの良さと温かみが全編に満ちている。江戸の女子バディものの佳作だ。

週刊朝日  2022年12月9日号