東京都内の実家で暮らす80代の認知症の両親を50代の娘が介護する本誌記者の体験記第2弾。実家で老老介護を続けてきた両親の生活に本格介入するまでのストーリーが前回。今回は両親を「施設」に入れる前と後の葛藤の日々をまとめる。
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第2回「夏の日の家族写真」
ここに一枚の写真がある。
車椅子に乗せられた母の隣に穏やかな表情の父。母はまだふくよかで、父の顔色も良い。その後ろに立つ姉はノースリーブ姿だ。その横に私。久しぶりの家族4人ショット。父と母が長年暮らした家を離れ、東京都下に新しくできた特別養護老人ホーム(以下、特養)に入居した日にロビーで撮った一枚だ。
一昨年8月上旬の猛暑日だった。熱中症が心配でとにかく一日でも早く、と入居を急いだ。入居の理由はただ一つ。認知症同士の老老介護の二人暮らしが厳しくなり日常生活に危険が及びそうだったからだ。母の深夜の転倒と昼夜逆転で、夜間は近所の住民の助けを借りて暮らす日々。もうあれが限界だった。施設に入れる。これ以外の選択肢がなかった。
「ここなら大丈夫だからね。安心してね」
自分に言い聞かせるように両親に声をかけ、別れ際に撮った。今でもこの写真を見ると胸が痛む。
母はこの日を境に急激に生きる意欲を失い、車椅子生活になった。母が歩ける姿を見たのはこの日が最後だ。
「もう帰る。やっぱり家がいい。ここはつらい」
入居してすぐ、母に持たせた携帯に電話をかけると、こうこぼした。
「ご飯もおいしくない。お風呂もゆっくり入れない。職員の優しさが表面的なの」
そんなところなのか。胸が張り裂けそうになり、「ごめんね、ごめんね」と返すしかできなかった。
一方、(あえて母とは違うフロアに入居した)父は長年の会社員生活で身についていた社交性と持ち前のユーモアが自然と出たのか、フロアの職員との関係も良好で、「いつもコーヒーを淹(い)れてくれる」と満足そうだった。職員からは「ドリップ式のコーヒーを出してあげたいので、今度お父さまにおいしいコーヒーを差し入れてくださいね」と言われた。