華やかに彩られたイルミネーションや打ち上げ花火で演出されたセレモニーとは対照的に、国立競技場の周囲には往来を遮断するバリケードがぎっしりと設置され、そこにはデモ隊以上の人数の警察官が配置されていた。
そういった規制の厳しさが、会場周辺の不便さを助長している。大会関係者を送迎しているタクシー運転手はこう話す。
「交通規制が時間によっても違うのでわかりにくい。交通整理をしている警察官に聞いても、誰もわかっていない。地方の警察署から動員されているので、地理もわからないんでしょうね」
本来であれば「平和の祭典」としてお祭り気分に沸くはずが、熱狂にはまだほど遠い。そんな国民の複雑な気持ちを“象徴”したのが、天皇陛下の開会宣言だった。
宣言の前には、大会組織委員会の橋本聖子会長が6分半、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が13分間のスピーチでしゃべり倒した。
開会式を見ていた人の多くが疲れを感じていたときに、天皇陛下は「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します」と短く述べた。
この言葉に、天皇陛下のメッセージが隠されていた。
開会宣言の言葉は、オリンピック憲章で定められている。憲章の日本語訳では、「記念する」ではなく「祝う」になっていて、変更することなく読むのが原則だ。ところが、天皇陛下は原文の英語「celebrating」の和訳をあえて、「祝う」ではなく「記念する」に変更した。
前出の谷口氏は言う。
「言葉が置き換わったのは、天皇陛下から大会開催を懸念するメッセージが事前にあったからでしょう。それで、政府や大会組織委員会が忖度したのではないか。五輪は、憲章を見ても儀式を重視して、権威付けしてきた。しかし、今回の開会式で、こういった儀式のむなしさが明らかになった」
国論を二分した五輪開催に、どのように対応するかで皇室や宮内庁が苦悩したことがにじむ。