拉致問題、核・ミサイル開発問題など数々の課題を抱える北朝鮮との外交交渉は、長年にわたって暗礁に乗り上げている。対話に向けた手立てはあるのか。金丸信・元副総理の次男で30年前の訪朝団に同行し、いまも北朝鮮を訪れている金丸信吾氏が、外交評論家の孫崎享氏、一水会代表の木村三浩氏と徹底討論した。
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木村:拉致問題や核・ミサイル開発など多くの課題を抱えながら、日朝交渉は停滞したままの状態になっています。菅義偉首相は、安倍晋三政権を引き継ぐ形で「無条件」で日朝首脳会談の開催を目指すというが、いっこうに対話は進みません。
金丸さんは、1990年に父親の金丸信・元副総理を代表とする自民党・社会党の訪朝団に同行して以来、これまで22回にわたって北朝鮮を訪れ、朝鮮労働党幹部と強いパイプを築いてきました。
金丸:一民間人である私が、なぜ北朝鮮に行き続けるのか。それは私の父である金丸信が政治家としてやり残した仕事だからです。私には、父の遺志を引き継ぎたいという思いがあるのです。
木村:金丸信さんが訪朝した目的は、当時、北朝鮮にスパイ容疑で拘束されたままになっていた、日本の貨物船「第18富士山丸」の乗組員2人を救済するためでした。
金丸:そう。当初は、日朝国交正常化をやろうなんて気持ちはさらさらなかった。父は共産主義が大嫌いでしたから(笑)。ところが、父が金日成主席と2人だけで会談したときに、金日成氏のほうから両国の国交正常化のための政府間交渉を開始したいという提案がありました。父はびっくりしたが、北東アジアの安定と安全のためにもやるべきだと考えた。当時、外務省の川島裕さんも訪朝団に同行し、尽力しました。
孫崎:川島さんは当時、アジア局審議官でした。後に事務次官になる方ですから、外務省としても金丸信さんの訪朝が非常に重要なミッションになることがわかっていたはずです。
金丸:自民党と社会党、朝鮮労働党で3党共同宣言をつくりましたが、「戦後45年間に朝鮮人民が受けた損失」に対しても謝罪と補償を盛り込んだことで、父は批判の対象になりました。