
編集者の依頼を受けて書く小説のほかに、島本理生さんには自ら一人で書き進めていく小説が7、8作に1作くらいの割合である。『憐憫』(朝日新聞出版 1540円・税込み)はそんな作品として始まった。
「子どもの頃から人前に出る仕事をしていて、華やかだけど限界を感じている20代後半の女性が本能的にひかれる名も無き人と出会う。その瞬間を書きたいというのが最初のアイデアでした」
主人公は早くも2ページ目で恋に落ちる。子役から女優になったものの、公私ともに停滞気味の沙良が隣のテーブルにいた会社員の柏木とふと目を合わせるのだ。
「二人とも恋愛というより自分だけの言葉が通じる相手を求めていたんですよね。その一点だけを切実に求めていれば、会った瞬間にこの人だとわかることがあるんじゃないかと思いました」
互いに同じ傷を持つことを感じ取った二人は関係を深めていく。小説の題名は最初から「憐憫」と決めていた。
「同情とか憐憫は否定されがちな感情ですけど、決して悪いことじゃない。人間の中に間違いなくあり、愛情の中に必ず入り込んでくるものなので、そこを否定しない小説を書いてみたかったんです」
二人だけで世界が完結しているかのような切実な関係にも、やがて変化が訪れる。