藤井はときおり、がっくりとしたしぐさを見せた。五冠を保持し、トップクラスを相手にし続けてなお、藤井は史上最高の年度勝率をうかがう勢いで勝ち続けている。その藤井ですら、本局の羽生からは、逆転の機会を見いだすことはできなかった。

 100手目。藤井は龍で王手をする。対して十数ある受けのうち、羽生玉が詰まない正解手はわずか一つしかない。羽生は香の合駒を打ってしのぐ。これが唯一絶対の受けだ。藤井が投了し、羽生の勝ちが決まった。

「最後はちょっと怖かったんで。なにかあったらもうしょうがないと思ってたんですけど。まあ、詰まなくてよかったなっていう感じですね」(羽生)

 戻って74手目は、銀を打って攻めるのではなく、自陣に飛車を打って受ける順がまさったと、ソフトは示していた。

「ひょえー、そうなんですか」(羽生)

 ソフトらしい、恐れを知らぬ受け方を聞かされた藤井と羽生は、ともに笑っていた。考えつかないような怖い受けだ。

 ときに感想戦は、感情的になった敗者の気持ちを整理するための場となる。しかし両者の場合は勝敗にかかわらず、真理探究のため、なごやかに検討が続けられる。それは今期七番勝負を通しても変わらない。

 羽生は恒例の勝者撮影で、たこ焼き屋の姿をしていた。写真のインパクトは大きく、多くの将棋ファンがたこ焼きを買い求めにいく経済効果(?)も見られた。さらには埴輪が乗客のバスの運転手という、なんともシュールな写真も残されることになった。そうしたむちゃぶりに屈託なく応じる点もまた、羽生の偉大さだ。もし羽生が気難しい第一人者だったら、現在の将棋界の景色はずいぶんと違ったものになっていただろう。ファンサービスを大切にする羽生の姿勢は、藤井ら後進にも着実に受け継がれている。

 第3局は1月28、29日。

 もし藤井勝ちなら先手番で22連勝という、とんでもない記録を伸ばしていることになる。

 一方で羽生勝ちならば、下馬評をくつがえしての先行となる。また羽生が1989年に作った先手番28連勝という史上最高記録も、羽生自身の手によって更新を防いだことになる。

 ちなみに19歳の羽生の先手番連勝を止めたのは、66歳の大山康晴十五世名人だった。羽生が年齢を重ね、60代となってなお、藤井ら時代のトップクラスや、新進気鋭の若手らと伍して戦い続ける未来にも期待したい。

(ライター・松本博文)

※※AERA 2023年2月6日号

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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