彼らは「ここを辞めれば、もうあとがない」と思っているため、真剣に芸に取り組む。また、そのような事情があるため、新興の事務所の割には芸人同士のつながりは深く、経験知も蓄積されている。

 また、SMAは「Beach V(びーちぶ)」という自前の劇場を持っている。大手事務所でも自前の劇場やライブハウスを持っているところはそれほど多くない。SMAの芸人はここを拠点として自らの芸を磨いている。

 SMA芸人は年齢層が高いし、会場もアクセスしやすい歓楽街から離れているため、観客にも若い人が少ない。私も何度か足を運んだことがあるが、新宿などで行われている一般的な若手芸人のライブとは明らかに客層が違う。一般に、若い観客ほどよく笑うし、リアクションもいい。年齢層が高いとどうしても空気が重くなりがちだ。

 また、びーちぶはもともと音楽のライブハウスだったため、壁が音を吸収しやすくなっている。だからこそ、芸人の声も聞き取りづらいし、たとえ観客が大笑いしても笑い声が芸人に届きにくい。お笑いライブの会場としては過酷な環境なのだ。

 だからこそ、彼らは「ウケた」という手応えを得るために、より大きな笑いを起こそうと必死になる。そのことでSMA芸人は鍛えられるので、声も大きくなるし、どんな手を使ってでも笑わせたいという意欲も高まっていく。

 コウメ太夫のような絶叫系の芸人、バイきんぐの小峠英二のような力強いツッコミを放つ芸人、ハリウッドザコシショウ、アキラ100%のようなハダカ芸人がSMAから輩出されているのは偶然ではない。

 さらに、ソニーの芸人は他事務所より厳しい環境に置かれている。吉本興業のような大手事務所では、自社で番組を制作していたり、先輩芸人がテレビでMCを務めたりしている。だから、そこに同じ事務所の若手芸人が出演するチャンスがめぐってくることがある。
 
 しかし、SMAの芸人にはそのような優遇措置がほとんど期待できない。そのため、彼らは、『M-1』『R-1』などの賞レースをテレビに出るための唯一のチャンスと考えて、そこに全精力を注ぎ込む。事務所としても賞レースに力を入れている。だからこそ、そこで結果を出す芸人が続々と出てきているのだ。

 かつてはSMAは「芸人の墓場」と揶揄されることもあったが、今ではもうそんなイメージはない。現在のSMAは、過酷な環境で芸を磨き抜いた本物の実力者が揃っている「お笑い界の梁山泊」なのだ。(お笑い評論家・ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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