「失言するおじさんも悪いですが、それを標的に石を投げるために集まってくる人も問題です。言い返してこない相手には陰で威勢のいいことを言って、上司などにはヘコヘコしている人っていますよね。河村市長は、若い女性には下にみた態度をとっていたのに、トヨタから抗議されると急に態度を変えました。まるで水戸黄門の印籠を見せつけられた悪代官のようでした。序列に敏感で、その序列のおかげで自分は偉そうな顔ができるということもわかっている。相手をみて反応を変える人は、誰もが“河村たかし”になる可能性があることを自覚すべきです」
前出の鈴木さんは、厄介な「おじさん」を野放しにしてきた社会的な責任は周囲の人間にもあると語る。
「彼らをモンスターにしてしまったのは、その権力を担いできた人たちです。何か物事を決めようとするとき、いろいろな方面に気遣いをしていると、社会がなかなか回らなかったりするので、彼らに押し付けてきたわけです。森喜朗氏はあれだけ問題発言を重ねて、自らを苦しい立場に追い込んだにもかかわらず、それでも彼から権力をはぎ取る力は周囲にはありませんでした。それは、森氏の存在が都合よかったからでしょう。だから森氏は表面上は謝罪しても、発言が間違っていたと自覚することもなく、また問題発言を繰り返していくのだと思います」
話を聞くほどに「おじさんという病」は重く気がめいるが、もし身近にこのような厄介な人がいたらどう対処すればいいのだろうか。
石原さんは「環境の変化に適応できず、レッドリストに入ったかわいそうな絶滅危惧種」とみなしておけばいいとアドバイスする。
「見ていてちょっと面白みのある生き物だと思えばいいのです。自分に何か言ってきたら、棒でつつくくらいの皮肉を返してもいいですし、そうしたら、何か思いがけない反応をして、楽しい生態を見せてくれるかもしれません」(石原さん)
鈴木さんは、実用的かはさておき、「おじさん」からの害を無害化する「じじ転がし」の一例を教えてくれた。