ベルリン国際映画祭にも出品された映画「由宇子の天秤」。主演の瀧内公美さんは、役を生きる喜びを感じながら演じた。AERA 2021年9月13日号で、映画に込める特別な思いを語った。
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映画「由宇子の天秤」を手がけた監督、春本雄二郎の前作「かぞくへ」の劇場公開時、瀧内公美は客席で観客として作品と対峙していた。終了後、劇場ロビーで自ら春本に声をかけ、一緒に仕事をしたいと伝えた。
「作品でご一緒した時に、何か面白い化学反応が起こるかどうか、というのを常に大切にしているのですが、春本さんの場合は、どんな化学反応が起きるのか想像すらできなかった。“未知なもの”に出合えるのではないか、と感じたんです」
■狙いを出すことを排除
それから1年ほど、すでに「由宇子の天秤」の脚本を書き始めていた春本とお茶をしたり、映画を観に行ったりしながら、“映画の素養”を高めていった。主演を務めた同作品は、今年のベルリン国際映画祭のパノラマ部門に出品されるなど、高い評価を得ている。
ドキュメンタリーディレクターとして働く由宇子(瀧内)は、女子高生いじめ自殺事件を追い、遺族に対し一歩踏み込んだ取材を行っていた。だがある日、学習塾を経営する父(光石研)と塾生の間にあった衝撃の事実を知る。由宇子がプライドをかけて追い求めていた正義が揺らぐ。同時に、由宇子の人間としての弱さも露呈していく。
「観終わった後、どう言葉にしていいのかわからない、という状態になる作品」と瀧内が言う通り、最後まで緊張感が途切れることはない。撮影現場で春本に言われたのは、「抑えてください」ということだった。
「『映画を通してこうしたことを伝えたい』といった狙いを少しでも出してしまうと、一つの答えを提示してしまう。それを今回は排除したい、というのが監督の意図でした。撮影中も理解していたつもりでしたが、作品が完成したいま、その意味がより深く理解できた気がします」
■表現者としていていい
ディレクターとして、塾生に寄り添う頼れる代打教師として、由宇子はさまざまな表情を見せる。瀧内はそれを豊かな「声」で表現していた。