謎の巨大生物をアフリカに探しに行ったり、アジアの麻薬地帯に潜入したり。高野秀行さんは世界の辺境を訪ねては痛快なノンフィクションを書いてきた。新刊『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル 1870円・税込み)は現地の言葉を学んだ経験から生まれた語学体験記だ。
「どこに行っても現地の言葉、特に外国人があまり覚えない言葉を話すと喜ばれますよね。それだけでとても親しくなれるし、旅や取材が断然やりやすくなるんです」
発端は大学生のときだった。中部アフリカのコンゴに行って片言のリンガラ語を話すと、『アッ、オロバカ・リンガラ?(えっ、あんたはリンガラ語を話すのか?)』と目を丸くされ、『おい、大変だ、ここにリンガラ語を話す日本人がいるぞ』と人がどんどん集まってきて一躍人気者になった。
以来、日本で現地出身の人を見つけて言葉を習ってから旅立つようになり、学んだ言語は25以上に上る。語学は身の安全を守るためにも欠かせない。高野さんはこの6年間にイラクを3回訪れたが、渡航前に1年間、アラビア語のイラク方言を在日イラク人に習った。
「家族がイラクにいる人だから、リアルな情報が入ってきて、どこがどういうふうに危ないかがよくわかる。今はもう現地の人とも人間関係ができているので非常に安全です。何かあったら周りの人が守ってくれる」
その田舎町では高野さんを知らない人はいないそうだ。高野さんが歌ったり踊ったりする動画がSNSにあげられ、「あの面白い日本人」にみんなが手を振ってくれる。
「言語という『魔法の剣』を振り回していると、岩がパカンと割れて旅や取材が進みだすことがある。それが語学に病みつきになる理由ですね。事態を打開していきたいという気持ちなんですよ」
以前から語学について書いてほしいと編集者や読者に言われていたので、コロナで海外取材に行けなくなり、ぽっかり空いた時間に書き始めた。現地での珍妙なエピソードもあれば、比較言語学の話もある。