カメラが捉える彼の手やしぐさ、語り口から、繊細でやさしい人柄がうかがい知れる。創作のアイデアやテーマについての言葉も興味深い。学生時代にコムデギャルソンの川久保玲に夢中になったこと。ブランド創設当初から登場し、代表作でもあるつま先が割れた“Tabiブーツ”は、初来日の際に見た地下足袋姿の作業員からインスピレーションを得たこと……。
語りながら20年間の創作の歴史が再現されていく。スーパーのレジ袋で作られたトップス、デザイナーの必需品であるトルソーをそのまま再現した「トルソードレス」、アンティークのスカーフをつなぎあわせたドレスなど。どれもハッとするアイデアと驚きがあり、かつそぎ落とされた美学を感じさせる。
「マルジェラを知らない人でも、そのデザインを見れば『ああ!』と思うはず。例えば袖や裾を切りっぱなしにしたパンツやジャケット、穴あきやダメージ加工をされたジーンズ……。どれも彼が先駆けてやったもので、マルジェラはこれらを『未完の美』と呼んでいた。彼がやったことは、30年以上たったいまのファッションに、大きく影響を与えているんだ」
■日本文化に共鳴する
ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブディレクターの栗野宏文(68)は、1994年に日本でのマルジェラのコレクションを担当した。彼に会ったこともある。「195センチはある長身で、謙虚でとにかく“やさしい”人でした。自分を語りたがらないタイプなので、映画を見て『よくここまで語ったな』と思いました」
栗野はマルジェラを「90年以降に世に出た最も重要なデザイナー」と評する。
「彼の服はファッションを超えたもの。リーバイス501のようなスタンダード性と、コムデギャルソン的なアバンギャルドの両面を持っています」
引退後も世界中に熱狂的なファンを持つマルジェラだが、特に日本に多い。その理由は日本文化との親和性の高さだ。栗野は言う。
「彼はたびたび来日し、生地の産地などを訪れていた。その時、工房の隅でお湯を沸かしている鉄瓶や土瓶、自在かぎなどをじっと見ていたそうです。物質の経年変化を『わび・さび』として感じられる人であり、それは彼が生地のほころびやほつれに美を見いだし、作品に採り入れていたことにもつながる。加えて女性への多大なる敬意が創造の源にあることも素晴らしい」
■愛があるから離れる
そして生み出される作品は、斬新で革新的であると同時にタイムレスな魅力に満ちていた。