かつての起業家が「意思ある投資家」として、次世代の起業家を育てる。そんな人たちを追った短期集中連載「起業は巡る」。第1シリーズ最終回は、エンジェル投資家・小笠原治(50)と孫泰蔵(48)の対談。AERA 2021年9月20日号の記事の3回目。
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──ベンチャー投資はセンミツ(1千社に投資して3社成功すれば上出来)と言われます。志の高い起業家が必ず成功するとは限りません。
孫:打率を上げるには数を打つ必要があります。例えば5億円を500万円ずつ100社に投資したとします。この中から5億円の価値を持つ会社が一つ生まれれば、500万円が100倍になって収支トントンです。ここまできた会社はスケール(爆発的な成長)するので、次は5億円を出資します。これが20倍になって100億円。その次のステージで100億円を投資すると5倍の500億円になる。
ここから分かることは二つ。一つは最初に投資する100社のうち99社は失敗で構わない。もう一つは2回目、3回目の出資のタイミングでは、皆が出資したがる。小さな投資家ははじき出されると思われるかもしれませんが、起業家は一番苦しい時に出資してくれた人の恩を忘れない、ということです。
背中を押すのが面白い
──米国や中国、インドでそういう若者が増えているのは分かります。日本はまだ大企業志向が強いようにも見えます。
孫:そんなことはありません。起業家や予備軍がたくさんいます。例えば、高校生の時に大好きなおばあちゃんが要介護になった。疲弊した介護の現場を見て「負担を減らせる方法はないか」と考えて介護機器の研究ができる大学に行った。さらに介護福祉士の資格を取って、子育てしながら起業した女性がいます。そんな「これは絶対応援せないかん」と思う人が大勢います。そういう人に投資する時には事業計画書なんて見ません。
小笠原:12年に700億円だった日本のベンチャー投資は20年には4600億円に増えました。強烈な動機を持つ人たちの背中を押す仕組みは、日本でもできつつあります。僕はそういう人たちと一緒にやるのが面白い。だから、薄く広くバラバラッとやりたいんです。新しい芽生えによって日本も「いい感じ」になってきました。それを応援したい。僕らの前の世代は「昭和が良かった」とよく言います。でも冷静にみれば、人口ボーナスと地政学的なラッキーが重なっていた部分もある。下駄(げた)が消えて「素の日本」になって、「さて、これからどうするよ」というのが今の段階。そういう時代に生まれた若者は親世代と全く価値観が違うんです。