AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
現在の夫であるベッピーノさんとデルスさんの関係について、息子と好きな映画を共有できた喜びについて……。漫画家、随筆家であるヤマザキマリさんによる『ムスコ物語』は、息子との思い出たちをいきいきと描き出す。表紙のイラストにもなっている「イルカと少年」は、「人生にはこんな素敵なことが起こるのか」という驚きに満ちている。息子であるデルスさんも、「これが表紙になるの!」と声をあげたという必読のエピソードだ。著者のヤマザキさんに、同著に込めた思いを聞いた。
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第一話「ハワイからの電話」に綴られる、山崎デルスさんの言葉が忘れられない。
「全て解決したことだから、驚かないでほしいのだけれど。実は、車に撥ねられました」
電話の相手はデルスさんの母、ヤマザキマリさん(54)。デルスさんは、これから起こるであろうことを予測したうえで淡々と言葉を繋いでいく。ヤマザキさんは言う。「『なんでいま言うの!』と、私なんて動揺するわけですが、それを見越したうえで電話をかけてきたんですね。“感受の経験”があるからか、諦観(ていかん)しているところがあるんです」
『ムスコ物語』は、ヤマザキさんが20代の頃、長く同棲したイタリア人詩人との間に生まれたデルスさんと、彼を通して見えた世界についての物語だ。文章からは、2人が出会う人々の表情までもが鮮明に浮かび上がってくる。
写真を残そうと思ったことは、ほとんどない。だからこそ、凝縮され記憶の深いところに刻まれたエピソードだけが色濃く描き出されている。
デルスさんについてのエッセーではあるが、それは同時に「いかに親以外の人間と交わりながら生きていくか」の物語でもある。ヤマザキさんの母が暮らす北海道へ、夫の仕事に伴いシリア、そしてポルトガルへ。デルスさんは“世界転校”を繰り返していく。
「私はどこへ行こうと家で漫画を描いていればいいわけですが、息子は引っ越しの度に学校が変わり、社会と接点を持たなければいけなくなる。一番シビアで容赦ない立場に立たされていたわけです」