作家・室井佑月氏は、コロナ禍で苦しむ人の現状を語る。
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以前、住んでいた場所の近くにあった食堂の女将(おかみ)さんと仲良しだ。お母ちゃんと呼んでいる。そのお母ちゃんから久しぶりに電話がかかってきた。
「そろそろ店を畳もうかな。自分みたいな老人は世の中から引っ込んだ方がいいでしょう」と。
体調が悪いのかと聞いてみたら、そうではないという。彼女に家族はおらず、店にやってくるお客を自分の子みたいに思ってるといっていた。実際、店に行くとちゃんと野菜を食べているのか心配してくれ、ときにはひじきの煮物や金平など、懐かしい食べ物をお土産で持たせてくれたりもする。
彼女の店に通う客は、その子まで通うようになる。うちはそうだ。まるで都会の疑似家族のよう。
その彼女の元気がない。心配だ。東京で仕事があった日、あたしはその足で会いにいった。
向き合って話をしたら、元気がなくなった理由がわかった。東京都がやっている「営業時間短縮等に係る感染拡大防止協力金」のことで役所に冷たくされ、もう自分なんていらないのじゃないかと思ってしまったそうだ。
「営業時間短縮等に係る感染拡大防止協力金」については、おなじ商店街の仲間からそういうものがあると教えてもらったらしい。彼女はさっそく役所へいってみた。
彼女にとってはお店がすべてだから、日記帳のように、その日の売り上げ、店を開けていた時間など、すべて残していた。都の時短要請に応え、閉店時間を変えたりしたときに店の入り口に貼った紙の写真なども。
申し込み締め切りの日を少し過ぎていたというが、はじめ受付の人は「大丈夫だと思う」といっていたそうだ。その方に協力してもらい自分の帳面を見て、面倒な書類を完成させ提出した。
それから2カ月。役所からまったく連絡がなかったので、こちらから連絡を入れてみた。すると、当初の優しかった担当者はどこかに消え、電話をかけるたび、窓口に足を運ぶたび、担当者が変わっていちから説明を求められたそうだ。そして先週、「提出日が過ぎたものです。お引き取りを」と告げられたらしい。