北海道厚沢部町の認定こども園「はぜる」(撮影/Ikuya Sasaki)
北海道厚沢部町の認定こども園「はぜる」(撮影/Ikuya Sasaki)

 夫婦はいつもの生活と同じように、子どもを午前9時前に園に送り、午後5時に迎えに行った。週末には家族でジャガイモ掘りなどの収穫体験にも参加。取れたての農産物を満喫した。帰ってからも、厚沢部町の特産米「ふっくりんこ」を買って食べるなど、そのつながりは続いているという。

 主な費用は、お試し住宅の利用料が3週間で9万円、保育料は1日3千円。それに函館までの交通費。その間は自宅の家賃も払っているため、決して安いとは言えない。それでも間違いなく費用以上の価値があったと、山本さんは満足げだ。

「家族ごと地方の日常に入っていくからこそ、気づきや発見があるし、思い入れのある地域になるんだと思うんです」(同)

 山本さんはいま、同じような子育て世代のために、町役場と一緒に保育園留学+ワーケーションを事業にしようと動き始めている。地域の側からも、この事業への期待は大きい。

「うまく進めば、いろんな課題解決に寄与できると思います」

 と話すのは、厚沢部町政策推進係の木口孝志係長。なかでも一番期待するのが長期的な“関係人口”の創出だ。

 30代の山本さん夫婦にとって、今後の人生において厚沢部が思い出深い場所になった。それは2歳の娘にとっても同じことだ。つまり、その先の人生がとてつもなく長い。木口さんによると、これまでお試し住宅の利用者のメインは60~70代だったという。そこには数十年単位の差が生じてしまう。

「直接移住に結びつかなくても、自宅に帰った後に厚沢部のメークインを食べようか、と思ってもらえることが大切。その積み重ねが移住につながるかもしれない。とにかく何もしなかったら、人が減っていくだけですから」(木口さん)

 厚沢部町では過疎が進み、20年前と比べて、すでに70%まで人口が減った。子育て世帯も流出している。

 認定こども園「はぜる」の開園は2019年。子育て世代が移住・定住したくなるような環境を整えるねらいがあった。定員120人だが、現在は90人を切っている。

園舎は大きく、広い園庭を子どもたちがのびのびと走り回る(撮影/Ikuya Sasaki)
園舎は大きく、広い園庭を子どもたちがのびのびと走り回る(撮影/Ikuya Sasaki)

 都市部では待機児童が問題になっているが、全国的にみれば、保育園の定員に対しての空きは16万人分もある。町が誇る自慢の園だからこそ、もっと多くの子どもを受け入れたいとの思いもある。それが保育士の雇用を守ることにもつながる。

「先生たちもすごく娘のことを気にかけてくれて、ありがたかったです」

 と山本さんは保育の充実ぶりを振り返る。

「来てくれる子どもたちがどうしたら満足してくれるか、園の先生たちは職員会議を開いて受け入れに備えています」(木口さん)

(編集部・高橋有紀)

AERA 2021年10月4日号より抜粋

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