久住作品が長く愛され、はやり廃りと無縁だったのは、単なる偶然ではない。「おもしろいものを作りたい、届けたい」という強い気持ちを原動力に練り上げられているから。長年経って「たまたま運よく当たった」わけではないのだ。
『孤独のグルメ』の漫画版で作画を担当した谷口ジローさんは久住さんより11歳年上。亡くなる直前、久住さんにこう話した。
「自分がやりたいのは何度も何度も読んでもらえる漫画を描くこと」「とにかく何度も何度も読んでほしい」。久住さんは「谷口さん、あなたはすでに、何度も読まれる漫画を描いていますよ」と言いたかった。
本誌インタビューの間、久住さんは谷口さんについて「あんなにかっこいい人は、なかなかいない」と繰り返した。
「谷口さんのかっこいいところは作品だけではないんです。週刊誌に連載しているときは、1話8ページを1週間たっぷり使って描き、しかもアシスタントを2人雇って仕上げるんですよ。原稿料からアシスタントに給料を払えば完全に赤字だと思います。
『孤独のグルメ』の最初の単行本が出るまで2年。この間に積み上がった赤字は、単行本一冊の印税では埋められません。描けば描くほど赤字になるような連載をする漫画家なんて、今いますかね?」
なぜそこまで入れ込むのか。久住さんは頭の下がる思いで谷口さんに聞いた。すると、「『孤独のグルメ』はセリフも少なく、ドラマもほとんどない漫画。だからこそ、背景もきっちり描かないと、読者に五郎の気持ちが伝わらない」という返事だった。
週刊誌などの連載を単行本化する際、たいていの漫画家は描き足したりセリフを補ったりする。連載版は締め切りに追われながらの執筆で推敲(すいこう)する時間が十分に取れないため、単行本化を機に、よりよいものに微調整していくわけだ。ところが谷口さんは修正を一切しなかった
「『そんな時間があったら新作を描きます』と。これは言えない。できない」
■松重豊さんの「変わらないっぷり」
久住さんは「井之頭五郎を演じ続けている松重豊さんもかっこいい」と続ける。テレビ版の初放送は10年近く前だが、当初は久住さん自身も続編がある想定では作っていなかった。だから最初のドラマタイトルには「シーズン1」という副題がない。続くシーズン2は時間枠を30分から47分に拡大。シーズン2から甘いものを食べる場面も取り入れた。
「シーズン3が始まる頃には、一部の人からマンネリと言われるだろうと思っていました。ところが松重さん、3作目の撮影がはじまると、マンネリの心配はどこ吹く風とばかりに、前作までと全く同じ五郎を演じきった。
役者として五郎を演(や)れと言われたから、五郎を演る。あの泰然とした“変わらないっぷり”には救われた思いでした。あ、このままでいいんだ、と」
ドラマの撮影はセットではなく、実際の店舗を使わせてもらう。ロケ前にスタッフや、時に久住さんも店を訪れて、食べてみる。スタッフは、五郎役の松重さんが食べきれる量かどうかを確かめるため、すべて胃に収める。1シーズンで14kg太ったスタッフもいる。