TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。「舞台『阿修羅のごとく』」について。
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向田邦子原作の舞台『阿修羅のごとく』を見に行ったのは、父の七回忌前日だった。現役を退いた父にまつわる物語。
銀座百点で連載を持つことになった時、文藝春秋の女友達から「向田さんの連載後輩になるのだから、しっかり頑張らないと」と励まされ、以来、向田の作品を折に触れ再読し、没後40周年のラジオ特番も作った。
シアタートラムに向かう途中、中央線の高架からは北の方は青空なのに、こちらは雨がサーッと降っていた。阿佐ケ谷に差し掛かり、かつてこの駅まで向田も恋人に会いに通ったことを思い出した。
国立(くにたち)に育った四姉妹。長女綱子を演じる小泉今日子の着物姿は生け花の師匠らしく江戸前で、父と同居する巻子役の小林聡美は次女ながら姉妹の中心でいそいそ動く。安藤玉恵は恋にぶきっちょな三女を、はすっぱだが心根の優しい末娘咲子を夏帆が好演していた。
「阿修羅は闘いの神で、怒りという負の感情を司っているそうです」と演出の木野花がパンフレットに書いていた。僕は向田の原作にこの姉妹らは食卓の下で足を蹴りあっていると考えていたが、木野花はそれを「相撲という仕掛けを作って、それぞれの役どころで闘うという形にしたら」と、「(舞台のつくりを)四方囲みにし、どの方向からも見られているから逃げ場がない。動きながら喋(しゃべ)る、考える、走り出す。気がついたら取っ組み合い」
これは男たちの物語でもある。日ごろ親しくしている山崎一は次女の亭主鷹男を演じたが、向田の綴(つづ)る言葉の所々に「昭和」を感じたという。既に次回作『錆色の木馬』の稽古に入っていた山崎は、「滝ちゃんはノーが多いよ」とか「それは女として損」や「幸せを取り逃がすよ」とか、そんな昭和語を挙げ、役作りで参考にしたのが森繁久彌の喜劇映画『社長シリーズ』だったと回想する。
「フランキー堺さんや三木のり平さん。右往左往しながらどこか面白く、何してもあの人だからしょうがないよって。そんな先達が鷹男を演じたらどうなんだろう。浮気しても許せちゃう。ほら『浮気は男の甲斐(かい)性』なんて言葉もあったでしょう」
妻の方も亭主に頼っている部分があったねと言うと「だからあの夫婦は別れないんだろうな。義母に妻が文句を言おうとすると、まあまあ、それはもういいじゃないかってとりなしたり、浮気がばれた義父を守ったり」。木野花が誂(あつら)えた「土俵」で闘う女たちの行司役にもなり、最後の場面で「女は阿修羅だよ」「勝ち目はないよ。男は」と漏らす役柄に「そこが憎めないところなんだね」と山崎。