仁川国際空港を発った飛行機は、10時間以上飛行し、アディスアベバに着いた。空港ターミナルに入り、足が止まった。
コロナが消えていた。
ウイルスが消えたという意味ではない。水際対策とかウイルスへの警戒感が、憑き物がとれたかのようになくなっていた。
エチオピアはコロナを抑え込んでいるわけではなかった。僕が訪ねた頃、1日の新規感染者数は1000人前後だった。ワクチン接種率も低い。入国規制が緩和されたわけでもない。PCR検査や1週間の自主隔離が必要だ。
しかし空港に緊張感がない。マスクをした人は多いが、防護服姿が見えない。貼り紙もない。飛沫感染を防ぐビニールシートもない。イミグレーションにはアルコール消毒のセットも見あたらない。
これでいいんだろうか。
不安になってくる。
乗り継ぎ時間が長いため、航空会社がトランジットホテルを用意してくれた。そこに向かう車から街を眺める。マスクをしていない人もかなりいる。
なにかが違う。
僕らが神経を使い、感染予防の対策は、ひょっとしたらアジアだけのものだったのではないか。そんな気にもなる。
その夜、僕はエジプトに入国した。戸惑いはさらに深まることになる。
■下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「沖縄の離島旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)。