ケラリーノ・サンドロヴィッチが主宰する「KERA・MAP」の新作舞台「しびれ雲」が上演中だ。同作に出演する井上芳雄が思いを語った。AERA2022年11月14日号の記事を紹介する。
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──「しびれ雲」の舞台は、昭和の香り漂う架空の島「梟島(ふくろうじま)」。井上芳雄は、島に流れ着いた謎の男を演じる。制作にあたり、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下、KERA)は小津安二郎の「僕は豆腐屋だから豆腐しか作らない」という言葉を引き合いに出し、「今回は豆腐を作ってみる」と宣言していた。
井上芳雄(以下、井上):新作なので、ほとんど前情報がない状態だったのですが、その言葉から「派手ではない、染みるような作品をつくりたいのだろうな」と思いながら稽古に入りました。共演者の方々と、KERAさんが選んだ小津の作品をみんなで観ることもありました。
KERAさんは、豆腐しか作れないわけでなく、もっと味が濃いものや水のようなものも作ることができるなかで、今回はあえて“豆腐づくり”に挑んでいる。ご自身でそのあたりをコントロールしながら作品を生み出すことができるって、すごいことだと感じます。僕自身、KERAさんが書く作品が好き、ということもありますが、稽古に入る前、台本を数ページ読んだだけで、気づけば「面白いな」と思いながら読み込んでいました。
■それぞれの“声”を作る
──架空の島「梟島」で暮らす人々は、架空の方言で言葉を交わす。共演する役者たちがセリフを発する姿を見て、ミュージカルとの違いを強く感じることもあるという。
井上:ミュージカルでは、歌を通して大切なことを表現しますが、お芝居の場合は、歌がない分、役者の声や抑揚といったもので感情を表現しなければいけない。共演する役者さんのお芝居を見て、「本当に声色が豊かだな」と感じることもあります。
歌は譜面で決められた幅で、自分なりに表現するものですが、セリフは基本的には決められたものがないので、役者一人一人がそれぞれの“声”を作り上げていくことになる。これまで僕は歌を通して表現することのほうが多かったため、意識しなければ言葉に抑揚をつけることはできない。ミュージカルとはベクトルが異なるものであり、そこには難しさを感じます。