それではとワルシャワから一時間以上田園風景の中をタクシーで走り、郊外のショパンの生家に行ってみた。徐々に雪が深くなり、川に囲まれたその土地の旧家らしき場所に着き、黒い鉄柵の入口から中をのぞく。運良くドアは開いていたが、工事人らしき人々が忙しく出入りしている。春の訪れに間に合わすべく改築に余念がない。
さりげない家の白い窓枠の中にピアノが見え、庭には夏、人々が野外コンサートを開くためのベンチがあった。素朴な村にショパンの屋敷だけが大きい。入口の向かいに一軒レストランがあり、ボルシチに似た土地の食物を出してくれた。
客は誰も居らず店の女性が三人お喋りに興じている。再び雪の中の一本道を車に揺られる。ジョルジュ・サンドと共に暮らしたパリを離れ、逃避したマジョルカ島の修道院も訪れた。
二十曲足らずのショパンの歌曲を、ウィーン在住の友人に歌ってもらう催しも開いた。日本にこだわらず音楽そのものを楽しみたい。
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中
※週刊朝日 2021年11月19日号