作家の室井佑月さんは、故安倍晋三元首相に向けた野田佳彦元首相の追悼演説を称賛する。
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10月25日、衆議院本会議での野田佳彦元首相の追悼演説はとても素晴らしかった。
故安倍晋三元首相におもねるわけではなく、しかし巨大な敵であった安倍さんへのリスペクトをひしひしと感じた。
「安倍さん、あなたは、いつの時も、手強(てごわ)い論敵でした。いや、私にとっては仇のような政敵でした」「攻守を代えて、第96代内閣総理大臣に返り咲いたあなたとの主戦場は、本会議場や予算委員会の第一委員室でした。少しでも隙を見せれば、容赦なく切りつけられる。張り詰めた緊張感。激しくぶつかり合う言葉と言葉。それは、一対一の『果たし合い』の場でした」
そして野田さんは、安倍さんが国会を離れると、「心優しい気遣いの人」であったというエピソードを語った。
平成24年の12月26日、皇居での安倍さんの親任式に、前総理として出席した野田さん。
「同じ党内での引き継ぎであれば談笑が絶えないであろう控室は、勝者と敗者の2人だけが同室となれば、シーンと静まりかえって、気まずい沈黙だけが支配します。その重苦しい雰囲気を最初に変えようとしたのは、安倍さんの方でした」
安倍さんは総選挙で敗北した野田さんに、励ましの言葉をいくつもかけたらしい。「その場はあたかも、傷ついた人を癒やすカウンセリングルームのようでした」と野田さんはいう。しかし、それであっても、
「長く国家のかじ取りに力を尽くしたあなたは、歴史の法廷に、永遠に立ち続けなければならないさだめです。(中略)国の宰相としてあなたが遺した事績をたどり、あなたが放った強烈な光も、その先に伸びた影も、この議場に集う同僚議員たちとともに、言葉の限りを尽くして、問いつづけたい。問いつづけなければならないのです」
野田さんは、演説中の安倍さん銃撃事件について、暴力やテロに民主主義が屈することはあってはならないことだという。そして、安倍さんのしてきたことへの批判もしつづけるという。なぜなら、それが民主主義だし、暴力やテロ、そういった狂気に打ち勝つ力は、言葉のみに宿るから。